吹奏楽作品集

斎藤高順の人生には2度ピークがあった。
1度目のピークは、小津安二郎との運命的な出会いにより、映画音楽、ラジオやテレビドラマの音楽を数多く手掛けていた20代後半からの約10年である。
2度目のピークは、映画やテレビなどの仕事からは一旦退き、1972年に航空自衛隊航空中央音楽隊長へ転身を果たし、数多くの吹奏楽作品を世に送り出した40代後半からの約10年である。

2度目のピークを迎える2年ほど前には、大阪で万国博覧会が開催され、三和グループ出展による『みどり館』アストロラマ(全天全周映画)の音楽を黛敏郎とともに担当した。
また、斎藤の吹奏楽における代表作となった『ブルー・インパルス』が作曲されたのもこの年だった。
それ以降、毎年数曲の吹奏楽作品を作曲し続け、吹奏楽の世界でも着実に実績を積み重ねていった。

ブルー・インパルスとは、航空自衛隊の航空祭や大規模な行事が行なわれる際に、華麗なアクロバット飛行を披露する、高度なフライト技術を持つ専門チームの名称である。
青と白にカラーリングされた機体が大空高く舞う姿は、美しく雄大で、華麗にして精密、スリリングなパフォーマンスは観るものを圧倒する。

そのブルー・インパルスをイメージした楽曲は、当時FM東京の「フレッシュ・モーニング」という朝の番組のテーマ曲に採用されるなど、多くのリスナーに親しまれた。

「斎藤高順吹奏楽作品集」は、1995年に行なわれた航空自衛隊航空中央音楽隊の演奏を録音したCDである。
「ブルー・インパルス」をはじめ、斎藤の代表的な吹奏楽作品や小津安二郎の映画音楽を吹奏楽にアレンジした作品が収録されており、吹奏楽にはあまり馴染みのない方にも十分に楽しめる内容ではないかと思う。

ブルー・インパルス

行進曲《ブルー・インパルス》(青い衝撃) Blue Impulse(1970)
この曲は、航空自衛隊航空音楽隊第10回定期演奏会の委嘱作品で、有名なF86Fによるジェット・アクロバット・チーム”ブルー・インパルス”のために作曲したものである。
初演時は、ステージ上でブルー・インパルスの隊長にスコアを贈るセレモニーの後に演奏(指揮:長野浩二)に入った。
発表と同時に、壮大な情景をボサノバのリズムとシンコペーションの多用により、今までのマーチの概念を破った新しい作品として注目された。
後にFM東京の「フレッシュ・モーニング」のテーマとして2年間に亘り放送されたが、すでに吹奏楽の古典のひとつと呼ばれても良いほどに現在でも愛好されている。
作曲者は、この作品と《フライング・エキスプレス》を航空音楽隊に捧げた後(73年)に懇願され隊長(1等空佐)に就任した。
なお、ブルー・インパルス(1960年創隊)は現在、第11飛行隊として、純国産機T-4中等練習機を大空に羽ばたかせて、航空ショーや東京、長野オリンピック等の国際競技大会で活躍している。
解説:福田 滋(陸上自衛隊中央音楽隊チーフ・ライブラリアン)

行進曲 オーバー・ザ・ギャラクシー

私たちの宇宙への夢は果てしないものがあります。
夜空にきらめく星の群。銀河の向こうには何があるのでしょう。
空想は無限に広がっていきます。
もし向こうにも誰かが住んでいたら、きっと同じように想像をめぐらすことでしょう。
そこから見れば地球は銀河を超えたところにあり、地球人は宇宙人というわけです。
何と楽しいことではありませんか。
この曲は夢と憧れを持って明るく美しく演奏してください。
解説:斎藤 高順

自然への回帰

自然への回帰 Return to Nature(1973)
昭和48年2月17日に開催された航空音楽隊第12回定期演奏会で、初演されたシリーズ2作目のこの作品、同年11月には全日本吹奏楽コンクール全国大会で天理高校吹奏楽部(指揮:谷口真)が演奏して見事優勝した。
その時のライヴ録音はレコード化されている。
他に様々なバンドで演奏されたこの作品、「オンリー・ワン・アース」に続いて自然をテーマにした作品の第2弾である。
解説:福田 滋(陸上自衛隊中央音楽隊チーフ・ライブラリアン)

フライング・エキスプレス

行進曲《フライング・エキスプレス》 Flying Express(1971)
日本各地を飛びまわって各地でコンサート活動を繰り広げる航空音楽隊の活躍に不可欠であった航空自衛隊輸送航空団に捧げられた曲。
大切な使命を帯びて若人の憧れと夢とを織りまぜ、大空に飛ぶ輸送機の姿を行進曲にしたものである。
このマーチは、タイトルを訳し「空の急行便」とも呼ばれていた。
作曲者が音楽隊長に就任する以前、この作品を指揮するため音楽隊に同行し、鳥取の美保基地に滞在中、「隊長採用」の内定の連絡が入り隊員と祝杯をあげたという思い出の曲でもある。
解説:福田 滋(陸上自衛隊中央音楽隊チーフ・ライブラリアン)

エメラルドの四季 1.若狭湾の春

エメラルドの四季 2.沖縄の夏

エメラルドの四季 3.十和田の秋

エメラルドの四季 4.オホーツクの冬

組曲《エメラルドの四季》 Four Season in Emerald-Suite(1974)
四季折々の感懐を日本の各地の海(湖)に題材を求めて作曲した作品。
8人で結成した作曲グループ「ニューエイト」の第1回「オリジナル・コンサート」(昭和49年7月13日・郵便貯金ホール)で作曲者指揮のもと航空自衛隊航空音楽隊により初演された。
判り易い作品なので一般にも良く演奏され、瑞穂青少年吹奏楽団では演奏会のライヴとしてレコード製作も行われた。
後に天皇陛下御還暦奉祝演奏(東宮御所)において2楽章の「沖縄の夏」が演奏された。
作曲者も招待されたその演奏会、演奏後に皇后陛下(美智子様)が「是非、全曲を聞いてみたい」と希望されたので、警視庁音楽隊の演奏(指揮:牟田久壽)でCD録音をし、「天皇陛下御還暦奉祝演奏記念」として献上されたもの。
作曲者が発表した「自然」をテーマにした作品の第5弾です。
作曲者が亡くなられた際に、牟田元隊長にインタビューしたところ、この曲のエピソードを詳しく話された。
牟田氏にとっても思い出深い作品だったと推測される。
各楽章は1.「若狭湾の春」2.「沖縄の夏」3.「十和田の秋」4.「オホーツクの冬」と標題がつけられている。
解説:福田 滋(陸上自衛隊中央音楽隊チーフ・ライブラリアン)

シルバー・ウィングス

シルバー・ウィングス(銀翼) Silver Wings(1974)
各種公式行事において陸上は「大空」(須摩洋朔)、海上は「軍艦行進曲」(瀬戸口藤吉)を公式マーチとして使用していた(1970年代当時)が、発足の遅れた航空自衛隊ではそれに相当する作品がなかったために、航空幕僚長からの依頼で1974年に作曲したもの(当時、警視庁音楽隊長の職にあった)。
完成すると直ぐに自衛隊観閲式で演奏され好評であったが、その後は演奏されていない。
軽快なリズムが特徴の爽やかなマーチである。
解説:福田 滋(陸上自衛隊中央音楽隊チーフ・ライブラリアン)

母なる海

交響詩《母なる海》 The Sea, the Mother of All Things(1973)
この曲は独立した吹奏楽曲としてはかなり異色な作品で、単なる自然讃美的なものではなく、この地球を開発という隠れみのを着た破壊から守らなければならないという強い主張があって生まれたもの。
《かけがえのない地球》《自然への回帰》に次ぐ、シリーズの第3作目として昭和48年7月に作曲された。
秋山智弘氏の「交響詩母なる海のために」という深遠なる宇宙の原理および、そこに息づく生命の神秘を解析した詩をたて糸に、そこから涌き出る自由なイメージを横糸にして、ひとつの標題音楽的に作曲された交響詩である。
解説:福田 滋(陸上自衛隊中央音楽隊チーフ・ライブラリアン)

マーチング・エスカルゴ

幻想風行進曲《マーチング・エスカルゴ》 Marching Escargot(1978)
「ゆっくり走ろう」と交通安全の願いをこめた曲で、ホルンの重厚な響きが、カタツムリ(エスカルゴ)のゆっくり進む様子を表現している。
警視庁音楽隊のホルン奏者4人にスポットを当てて、水曜コンサート等で演奏する事を目的に作曲された楽しい曲。
ずっと後になって、曲の冒頭と終わりに、オープニングとフィナーレに幻想的なのファンファーレを書き加えて、曲名も多少変えて「ニューエイト」の演奏会で発表している。
このときは作曲者の指揮で、習志野高校バンドの8人のホルニストが名演奏を繰り広げ、大好評であった。
解説:福田 滋(陸上自衛隊中央音楽隊チーフ・ライブラリアン)

バンドのためのコンチェルティーノ

バンドのためのコンチェルティーノ Concertino for Band(1971)
昭和51年7月16(22?)日に石橋メモリアル・ホールで行われた「笹川賞受賞記念新作発表会」の「ニューエイト作品」のコーナーで演奏された小協奏曲である。
当日は1部で「笹川賞」も3曲を、後半に「ニューエイト」の8曲が発表された。
2部の冒頭、藤田玄播氏の「バンドのためのカンツォーネ」の直後に演奏されたこの「コンチェルティーノ」は、いろいろな楽器のソロが聞かれる本格的な作品である。
解説:福田 滋(陸上自衛隊中央音楽隊チーフ・ライブラリアン)

チューバの恋人

テューバ独奏と吹奏楽のための行進曲《テューバの恋人》 The Sweetheart of Tuba(1978)
水曜コンサートのため、そして警視庁音楽隊のテューバ奏者である池畑雅栄氏のために作曲されたもの。
普段のテュ―バには縁の遠いロマンティックなメロディを吹くことで、思いがけないコミカルな効果が現れた作品。
初演は昭和53年8月、日比谷小音楽堂「水曜コンサート」において行われた。
解説:福田 滋(陸上自衛隊中央音楽隊チーフ・ライブラリアン)

オンリー・ワン・アース

交響詩《オンリー・ワン・アース》(かけがえのない地球) Only One Earth(1972)
作曲者が航空音楽隊長に就任した直後に作曲されたもので、初演は作曲者の指揮する航空音楽隊と米第五空軍軍楽隊との合同演奏(72年7月、立川社会福祉会館)により行われた。
曲名は、同年にスイスで開かれた国際会議のメイン・テーマ「オンリー・ワン・アース」をそのまま用い、そのテーマは「たった一つしかない私たち人類のふるさとかけがえのない地球を美しく住みやすくすることに努力を続けよう」、こんな願いが込められている。
後年、防衛庁からの派遣で渡欧した際にパリ・ギャルド・レピュブリケーヌの隊長ロジェ・ブートリー氏にこの楽譜を贈ったところ大変に喜ばれ、フランス各地のコンサートの他、来日公演の際もプログラムに載せられることとなった。
また、人見記念講堂での演奏はFM東京から放送される等、作曲者の代表作品として確立していった。
解説:福田 滋(陸上自衛隊中央音楽隊チーフ・ライブラリアン)

東京物語

映画『東京物語』より「主題と夜想曲」 Theme and Nocturne from “Tokyo Monogatari”(1953/1995)
以下の3曲は映画誕生100年、小津安二郎生誕90年、没後30年として「小津安二郎映画音楽」の特集として江東青少年吹奏楽団第12回定期演奏会(1995年5月)で編曲され、演奏されたもの。
『東京物語』は昭和28年に公開されたが、作曲者にとっては小津監督との初の出会いで、このご縁で監督が亡くなるまで一緒にお仕事をさせて頂く事になった記念すべき作品。
あらすじは、地方に住む老夫婦(笠智衆・東山千栄子)が東京に住む立派に成人した子供達を訪ね嬉しさと詫しさを感じ、帰宅の直後妻が死亡し無常を感ずるというものである。
劇中戦死した二男の嫁(原節子)を老母が訪ね優しくされ感激する場面のバックに流れる曲が夜想曲で、原曲はヴァイオリンの独奏が主体であるが、今回は各木管楽器に旋律を奏する様に書き改めている。
この映画は芸術祭文部大臣賞、毎日映画コンクール金賞、アドルフズーカー賞、その他、数々の栄誉に輝いており、現在でも世界各地から高い評価を受けている小津安二郎映画の代表作。
解説:福田 滋(陸上自衛隊中央音楽隊チーフ・ライブラリアン)

彼岸花

映画『彼岸花』より「主題曲」 Main Theme from “Higanbana”(1958/1995)
昭和33年に封切られたカラー映画で、オールスター(山本富士子・有馬稲子・久我美子・桑野みゆき他)の出演で話題となった。
映画は、若い女性の結婚話を中心に様々な人間模様を展開、両親(佐分利信・田中絹代)が娘を嫁に出す時に父親の複雑な心境を描いた作品である。
芸術祭文部大臣賞都民映画コンクール金賞等、数々の栄冠に輝いている。
解説:福田 滋(陸上自衛隊中央音楽隊チーフ・ライブラリアン)

秋刀魚の味

映画『秋刀魚の味』より「主題曲とポルカ」 Main Theme and Polka from “Sanma no Aji”(1952/1995)
この映画は昭和37年に公開され、翌38年に監督が他界されたので、小津作品としては最後の映画となったもの。
小津監督の作品に良く出て来る場面に同級生達が集まって酒を飲むシーンがあるが、この音楽が使われたシーンも同級生達(笠智衆・中村伸郎・北竜二等)が昔の先生(東野英治郎)を囲んで飲んでいる。
このような場面で小津監督は、そのときどこからともなく聞こえて来る音楽としてポルカ風の曲を好んで注文された。
そして、その曲が後で侘びしい場面でも使われるのである。
この映画のために作ったポルカは特に監督が気に入り、「歌詞を作って寿美花代あたりに歌わせよう」とおっしゃっていましたが実現しないで終わってしまった。
映画のラストは、娘(岩下志麻)を嫁がせた父(笠智衆)の哀感で終わる印象的な作品に仕上がっている。
なお、上記の映画は三本とも松竹映画制作作品である。
解説:福田 滋(陸上自衛隊中央音楽隊チーフ・ライブラリアン)

輝く銀嶺

行進曲《輝く銀嶺》 Glistening Snow - Covered Peak(1967)
この行進曲は、カワイ楽譜が積極的に吹奏楽曲を普及させようと新作の出版に力を入れ始めたシリーズ「カワイ吹奏楽曲選」のための1曲であるが、出版以前に山本正人指揮の東京吹奏楽団がコンサート(第16回定期演奏会)に取り上げている。
翌年、そのコンサートの模様をNHK-FMで放送すると、放送を聞いた国体関係者が興味を持ち、昭和45年の冬季国体の入場行進曲に制定、同時に第21回札幌雪祭りの開会式の行進曲にも選出されるというラッキーな作品であった。
北海道の倶知安で開催された第25回国民体育大会の式典で陸上自衛隊北部方面音楽隊により雪の中で演奏されると、翌年の46年に第19回全日本吹奏楽コンクールの課題曲(中学の部)に選定となり、カワイ楽譜より出版された。
曲は、青く澄みわたった大空にくっきりと稜線を見せる白銀の嶺々、作曲者自身の登山の体験により美しい大自然の姿を切実に表現している。
解説:福田 滋(陸上自衛隊中央音楽隊チーフ・ライブラリアン)

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