御前演奏会

作曲家は、映画音楽の録音日の1週間から10日くらい前までにスコアを完成させておき、それを小津監督の前で一旦演奏披露するのです。
これが御前演奏会と言われ、小津監督は作曲家に御前演奏をさせる特権を、松竹大船撮影所でただ一人持っていました。
もしそこで監督が気に入らなければ、作曲家は録音当日までに書き直しを命じられるのです。

この際、小津監督は結構厳しいことを言うとの噂を聞いておりましたから、私は戦々恐々として『東京物語』の御前演奏会に備えました。
初めての映画の仕事なので、できるだけ監督やスタッフの人たちと気心がわかり合えればと考え、また曲のイメージを少しでもつかみたいと思い、たびたびセットの撮影やロケーションにも参加させてもらいました。

撮影現場は、小道具の一つ一つまできれいに磨き上げられ、塵一つない中で小津監督のもとに名優たちが動いている様子は、それ自体が芸術作品を観ているような感動を覚えました。
撮影はだいたい夕方5時頃には終わり、その後は決まって横浜あたりに出て一緒にお酒を御馳走になりました。
いろいろな雑談を重ねていくうちに、お互いの気心も知れるようになり、時には私も浅い経験から割り出した幼稚な意見などを吐くようになりましたが、小津監督はそれらを一つ一つやさしく聞き入れて下さいました。

一年一作と言われただけあり、撮影が終わったのは翌年(昭和28年)の初秋でした。
途中、何度か打ち合わせと称する飲み会がありました。
そんなことの積み重ねがあって、いよいよ御前演奏会の日も迫ってきたある日、スタッフの一人から、「監督がもし気に入らなかったなら、本番までに全部曲を書き直さなくてはならなくなるかもしれないよ。」と脅かされました。

ついに『東京物語』の御前演奏会の当日となりました。
スタッフ連中は、極度の緊張状態にあったことはいうまでもありません。

トップタイトルの音楽が終わっても小津監督は一言もおっしゃいません。
それから次々と吉沢さんの指揮で曲が演奏され、とうとうラストシーンの音楽も終わりました。

恐る恐る監督の方に顔を向けると、一言「今度の音楽はなかなか良いね。」と言われたのです。
続けて監督は「いいね、音楽みんないいからね、この通りでやってください。」と褒めてくれましてNGはひとつもなし。

スタッフの人たちがみんな喜んじゃいましてね、今までにないことだそうです。
フィーリングが合ったのでしょうか。
もう嬉しくて、録音の日まで家で酒を飲んで寝てました。

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