小津監督の人柄

小津監督の印象については、怖い人だと言う人もおりましたが、私には優しい人としか思われませんでした。
仕事場ではとても厳しい方でしたが、少しも辛いと思う事はありませんでしたし、普段もよく飲みに行こうと誘われました。

今では誰も信じてくれませんが、あの当時の私はほとんどお酒が飲めなかったのです。
小津監督にお酒を教わったようなものなんです。

小津監督は誕生日が12月12日なので、毎年その日にはスタッフ一同を神田のなじみの料理屋に呼んで下さいました。
また、毎年大晦日には千住の鰻屋に誘って下さり、大皿からはみ出るような大串の蒲焼をご馳走してくれました。
もうお皿からこぼれ落ちそうなくらい大きな蒲焼きで、こんな大きな鰻がいるのかと驚きましたね。

大串をひとりずつ頼んでくれて、「さあ食べろ!」です。
その後は、近くの浅草観音にお参りに行って1年の終わりです。
正月は、元旦はみんな都合があるだろうということでお休みして、二日から北鎌倉のお宅に集まってワイワイガヤガヤやるのが恒例でした。

新年会では、ビール、ウィスキー(だいたいジョニ黒でした)、日本酒、ブランデー等など、色々なお酒が朝からテーブルに並んでいて、とにかく一日中酒浸りという感じでした。
あの頃のことは、今では本当に楽しい思い出です。

また、カラー1作目の『彼岸花』の中で、山本富士子さん扮する旅館の娘が、佐分利信さんのお宅へ訪問するシーンがありました。
あの時、山本さんが持っていた真っ赤な風呂敷は、私たち夫婦が結婚した時の引き出物なんです。
そういうところなど、本当に遊び心のある方でした。

そういえば、小津監督のお母様もよく気の付くできた人でした。
夏の暑い盛り、お中元の届け物を持って伺うと、昼間から冷たいビールを振る舞ってくれたりしました。
私も喜んで1本飲み干したりしていましたけれど、さすがに酒飲みの母という感じでしたね。

小津監督とはそんな調子の親密なお付き合いで、長男の名前まで付けてもらったくらいです。
『月は上りぬ』の登場人物で、主役を演じた新人俳優、安井昌二さんのショウジという音が気に入っていたので、ショウジ(昌二)みたいな名を付けてくださいとお願いしたところ、「では、子育ての第一章だから、ショウイチ(章一)はどうだろう。」と決めて頂きました。

≪前へ          次へ≫

Translate »