Aug 10, 2011

近況 ~わが家と自作品のことなど~

『むかしの仲間』 第11号 1992年春 斎藤高順
子供5人の中、上4人は男で、しかも上の3人は既に結婚して居り、長男には息子2人、次男・三男にはそれぞれ娘が1人ずつ居り、また年内に更に1人ずつ生まれる予定で、6月頃には孫が6人になるので、ここ数ヵ月は気持が落ちつかずマゴマゴの極みが続いて居ります。
その最中昨年12月に四男が結婚し、現在一人娘と妻との3人暮らしで居るところに娘の結婚話がまとまり、今年10月に結婚式の運びとなりました。
只々多忙の中に子供5人を大学まで卒業させ、(次男以外は総て音楽大学)しかも次々と結婚が決まり、乏しい家計の中で全く不思議な感がありますが、世間の人々は家内のことを『良く出来た奥様』と賞賛を惜しみません。
しかし私自身も、ここまで良くやったと感慨に堪えませんが誰も誉めてくれません。
最近の仕事は以前の様な映画や放送などのB・G・Mの作曲は殆どなく、出版社か友人等からの作曲依頼が多くなりました。
ここ半年程のことを次に述べましょう。
昨年は全音楽譜からピアノの絵本館として『うらしま太郎』を作曲出版したところ、これを見た音楽之友社系の東亜音楽社から作曲の依頼があり、演奏会用ピアノ・アルバム『大宇宙の遊園地(仮題)』として小品を16曲作曲し、現在版下を作製中との事で6月頃発完が予定されて居ります。
内容は「流れ星のジェットコースター」「天の川のパルカローレ」「火星人ロボットのガボット」等々です。
――出版されたら是非一見して下さい。
それから秋頃リサイタルを行なう友人のテノール岩崎成章氏よりワン・ステージ私の新作で埋めたいとの意向を伺い、石川啄木の詩から前もって先方が選んだ6篇の詩に作曲し、この程やっと仕上がり仮題ですが、歌曲集『故郷を想う6つの歌』として、それは「はまなす」「冬の月」等々ですが、初の音出しが今から楽しみです。
岩崎氏は昨年のリサイタルでも、私の曲でワン・ステージ歌って呉れましたが、この時は昨春音楽之友社から出版された歌曲集『春のなだれ』から数曲選んで歌って貰い、新旧取り交ぜたプログラムでしたが心の篭もった中々の名唱で好評でした。
昨年は、詩と音楽の会主催の『新しい日本の歌』の会では、山下千江作詩『しじみ蝶』をソプラノの古正美知子さんに、それから日本童謡協会主催の『童謡祭』では宮中雲子作詩『たったひとつのお星さま』を稲村なお子さんに何れも出来たての新作を歌って頂きました。
また世田谷区主催の『世田谷歌の広場』の演奏会用に磯村英樹氏の詩2篇に作曲し、バスの岡村喬生さんに初演して貰い、しかも作曲家の林光氏が自作を弾くからついでです、と云って私の曲のピアノ伴奏も引き受けて呉れ恐縮しました。
この様に昨年から今年にかけて最近は歌曲に縁が深い様な気がします。
そんな折り、前橋市(群馬県)にお住いの大沼一氏から連絡があり、勤務されて居られる市立芳賀中学校吹奏楽団の今年度の定期演奏会では「軍艦マーチ」等・日本の行進曲名曲集その他のあと、最後のステージとして私の旧作の吹奏楽曲を特集したいとの事で、先方で曲目を既に選んで居られ、私に了解を求めたいとの事でした。
曲目は「ブルー・インパルス」「バンドのためのメルヘン”マッチ売りの少女”」「交響詩”オンリーワン・アース”」その他で、演奏会は4月中旬の予定との事です。
勿論私に異存はなく快託した上、当日参加する約束迄しました。
航空音楽隊長を4年程、警視庁音楽隊長を10年間勤め、退任してから6年も経っているのに、その頃作った曲が今でも生きている事を実感し、これからも分野にこだわらず、出来る限り作曲を続けたいと思っております。

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