Dec 27, 2016

小津組の宴席

12月12日(月)、毎年小津監督の命日に行われている小津会へ初めて参加しました。小津会は、監督がお亡くなりになった翌年、小津組の皆さんが監督所縁のお店神田「ぼたん」に集まって、「偲ぶ会」を催したのが始まりだったそうですから、かれこれ50年以上も継続していることになります。

小津会の席で、監督がお好きだった蓼科の銘酒「ダイヤ菊」を味わいながら、小津組の宴席とはどのようなものだったのかに思いを馳せました。

父高順は小津監督に連れられて、度々小津組の皆さんと宴席を共にしました。松竹大船撮影所の帰りには、横浜中華街にあった北京料理「安楽園」や、日ノ出町駅近くの牛鍋「太田なわのれん」あたりに繰り出したようです。
「安楽園」では、店主おすすめのシュウマイなどを肴にして、紹興酒やビールでも呑んだのでしょうか。「太田なわのれん」は、鉄鍋を使った味噌ベースの牛鍋専門店で、日本酒がすすみそうな鍋料理が特長的です。

父は都内でも宴席へお供しており、神田須田町の鳥すき焼き「ぼたん」や、千住の老舗鰻屋「尾花」へ行った話を聞いたことがあります。「ぼたん」は、備長炭と鉄鍋を使ってじっくりと煮込む鳥すき焼きが絶品の名店です。
鰻が好物だった小津監督は、千住の「尾花」へも小津組の皆さんを連れ立って訪れていました。天ぷらが好物だった野田高悟さんは、あまり鰻はお好きではなかったらしく、その点だけは小津監督と意見が合わなかったようです。父は「尾花」の鰻があまりにも大きいことに仰天したそうです。

上記の各店は、いずれも大変歴史のある老舗で、「安楽園」は明治24年頃(1891年頃)、「太田なわのれん」は明治2年頃(1868年頃)、「ぼたん」は明治30年頃(1897年頃)、「尾花」は明治元年頃(1867年頃)に創業とのことです。こだわりが強く本物志向の小津監督が好んだ店だけあって、明治時代から連綿と受け継がれてきた伝統の味を誇る名店ばかりです。

父は、小津監督からこれら由緒あるお店でご馳走になり、お酒を酌み交わしながら、映画や人生について数多くのことを学ばせていただいたのではないでしょうか。実に貴重かつ幸福な経験をしたものだと思います。

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