Sep 7, 2017

夏の小津会「カットしたマル秘エピソード…1/3」

持ち時間の都合で、ご紹介できなかったエピソードを以下に記載しました。今回、当イベントのために色々と調査し、新たに分かったことがありました。もちろん、当時の関係者はほとんどご存命ではありませんので、残されている資料を元に、前後関係からこのようなことであったに違いない…と思われることを記載していますが、真相は如何に…(笑)。

父の家庭での様子、小津監督の影響など
若い頃の父は、徹夜も当たり前のような不規則な生活を続けていましたが、外でも家庭でも大変温厚で穏やかな人柄でした。5人の子供たちにも怒ったり、声を張り上げたりすることは一度もありませんでした。航空自衛隊音楽隊や警視庁音楽隊の頃は、正月自宅に隊員たちを招いて宴会を開きましたが、小津監督が毎年正月に、北鎌倉のお宅で新年会を開いていたのを真似たのかも知れません。宴会の席では小津監督同様、年長者が率先して道化役を演じ、若い隊員たちの話に優しく耳を傾けるなど、この辺りも小津監督が宴席で見せていたような懐の深さを見習ったのだと思います。

斎藤家と長野の関係
父方の祖父、深沢松次郎は長野県北安曇野郡小谷村の出身で、現在も親類が白馬村で暮らしています。父が陸軍戸山学校軍楽隊に入営した後、祖父母と叔父鶴吉(父の弟)が白馬村に疎開し、叔父は小中学校時代を祖父母と共に白馬村で過ごしました。父の所有していたドイツ製スタインウェイのグランドピアノも白馬村で保管しました。私や兄が小学生の頃には父に連れられて、毎年夏休みには白馬村の親戚宅を訪れ、白馬の大自然に触れて過ごしたことを懐かしく思い出します。昆虫や蛙を捕まえたり、地元の夏祭りに連れて行ってもらったことは、今でも懐かしい思い出として心に残っています。

伊藤宜二と斎藤一郎
伊藤宜二は、1907年(明治40年)生まれ、日本音楽学校ピアノ科中退後、1931年(昭和6年)から作曲活動を開始し、小津作品との関わりは、1935年(昭和10年)「東京の宿」(サウンド版)から始まり、「一人息子」「淑女は何を忘れたか」「戸田家の兄妹」「風の中の牝鶏」「晩春」「麦秋」まで担当し、それ以降は東映、大映、新東宝の作品を30作以上手掛けました。2003年(平成15年)に死去。

斎藤一郎は、1909年(明治42年)生まれ、東京高等音楽学院(現在の国立音楽大学)ではヴァイオリンを専攻し、松竹管弦楽団でヴァイオリンを担当しましたが、伊藤宜二が満州に渡り、日本を離れていた1942年頃(昭和17年)から作曲活動を開始し、小津映画は「父ありき」が最初の作品でした。以降、「長屋紳士録」「宗方姉妹」「お茶漬の味」の音楽を担当しました。1979年(昭和54年)に死去。

英国映画協会(BFI)へのクレーム、サイトウ・メモリアルアンサンブル結成
2012年に発表された「サイト&サウンド」誌のランキングで、「東京物語」が第一位に選ばれ、翌2013年の小津生誕110年で小津作品が改めて脚光を浴びるなか、日本クラウンのCDを久しぶりに聴いてみたところ、父の音楽の素晴らしさを再発見し、せっかくだから演奏家の兄弟で演奏できないかと考えました。

小津映画音楽について、海外の記事を調べるために英国映画協会のホームページを見たところ、小津映画音楽の解説に、TAKANOBU SAITO又はKOJUN SAITOの記述は一切なく、SAITOは全てICHIRO SAITOとなっていることを発見しました。何とか間違いを指摘しようと思ったもののどうすれば良いか判らず、JASRACと松竹に相談したところ、松竹の方で対応して下さり、しばらくしてから間違いが訂正されました。

その頃、偶然YOUTUBEでモーメント・ストリングカルテットという女性四人組の弦楽四重奏団が小津映画音楽を演奏する動画を発見し、何とか本人たちに連絡が取れないか模索していたところ、チェリストの兄にメンバーの一人と共通の知人がいることが判り連絡を取ることができ、実際にメンバーともお会いすることができました。そこから、一緒にイベントを行う話になり、2015年10月駒沢の小さなライブスペースで、初めて小津映画音楽のイベントを開催しました。

これが第一回目のイベントで、次に同じメンバーと同様の内容でイベントを行う案を詩人の柏木隆雄先生が企画しましたが、モーメント・ストリングカルテットがスケジュール的に無理だったため、イベントをお断りすることにしました。ところが、すでにイベントの告知を始めてしまい、お断りできず困って兄弟に相談し、さらに近所の音楽仲間にも協力してもらい、どうにかイベント開催に漕ぎ着けることができました。このときのメンバーを中心に、サイトウ・メモリアルアンサンブルを結成し、その後もイベント活動を継続しています。

キネマ旬報の映画音楽ランキング紹介
浅草の劇団「にんげん座」主宰の飯田一雄先生のように、一部には熱烈な愛好者もいらっしゃいますが、一般的に小津映画音楽はほとんど評価されておらず、話題になることも少ないのが現状です。ようやく、2015年10月に大阪でセンチュリー交響楽団が「東京物語」の主題曲と夜想曲を採り上げてくださいましたが、あれがオーケストラによる初演でした。クラウンレコードのCD音源を聴いていただくと、多くの方がその素晴らしさに驚き、パリのシャンソン歌手フレデリック・ロンボア氏はじめ、フランスの音楽関係者にも大変好感触でした。

一方、キネマ旬報の映画音楽ランキングでは500位圏外で、黒澤明、成瀬巳喜男、溝口健二、木下恵介などが何作もランクインしているのに対し、小津作品が一つも入っていないのは不思議でさえあります。しかし、それだけ映像と音楽が一体化し、音楽が映像に溶けこんでしまっているということなのかも知れません。これこそが、小津監督の狙いだったとも言えるのではないでしょうか。

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