Sep 7, 2017

夏の小津会「カットしたマル秘エピソード…3/3」

小津映画音楽は、父高順が作曲した小津調サウンドにより、ほぼ完成形へ到達したと言えるでしょう。では、小津監督が求めた「お天気のいい音楽」という発想は、一体どのようにして生まれたのでしょうか?

「お天気のいい音楽」のルーツは、サイレント映画における楽士の演奏にヒントが隠されていました。松竹のサイレント映画は、松竹和洋合奏団が演奏を受け持ちました。戦前、松竹管弦楽団というオーケストラが存在しましたが、団員はサイレント映画の楽士として映画館へ派遣されることがあり、それが松竹和洋合奏団と呼ばれました。

当時、松竹管弦楽団の指揮を務めたのは島田晴誉でした。島田は海軍軍楽隊長を経て、松竹音楽部総長に就任し、昭和に入ってから松竹管弦楽団の指揮者になりました。松竹和洋合奏団の演奏は、しばしばマーチ風やポルカ調、ワルツ風の音楽が用いられ、軍楽隊出身だった島田の音楽的志向が反映されていたようです。

軍楽隊出身者は演奏者としての技量も高く、軍歌や行進曲、クラシック音楽のアレンジ物を得意としており、松竹のサイレント映画の楽士も、明るくリズミカルな音楽を演奏していたのではないでしょうか。戦後、松竹音楽部の責任者に就任した吉澤博は、学生時代に楽士の経験もあり、ヴァイオリン奏者出身の指揮者でした。吉澤は母の叔父にあたり、吉澤の推薦で父高順は小津監督に起用されました。父は、最後の軍楽隊出身者でもありました。小津監督は、サイレント時代の軍楽隊出身者が奏でるマーチやポルカがお好みだったのだと思います。

松竹和洋合奏団が演奏した「大学は出たけれど」のSPレコードを聴きました。音楽が少なく、所々ポルカ調の演奏が登場し、編成はヴァイオリン、チェロ、ピアノ、フルートが入っていました。また、少し侘しい感じの場面にはアコーディオンが登場するなど、トーキー以降に父が好んで採用した楽器編成とも一致します。

松竹和洋合奏団の演奏は、セリフとは微妙に被らなかったり、音楽が前面に出過ぎない点、楽器の編成や音楽の傾向など、何となくトーキー以降の小津映画音楽と共通する部分があるような気がしました。やはり、小津監督は音楽に関しても、サイレントの頃から一貫してご自身の追求しているものがあった、ということではないでしょうか。

トーキー初期の作曲を担当した伊藤宜二の作風と、小津監督が求めた「お天気のいい音楽」との齟齬は、すでにサウンド版「東京の宿」の頃から顕著に見られます。小津監督が父に言った「場面が悲劇だからと悲しいメロディ、喜劇だからとて滑けいな曲、という選曲はイヤだ。音楽で二重にどぎつくなる。悲しい場面でも時に明るい曲が流れることで、却って悲劇感を増すことも考えられる。」という言葉が、小津監督と伊藤との決別の理由を表しているように思いました。

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