Aug 8, 2014

小津にとって映画音楽とは何だったのか

無声映画では、楽しいシーンでは楽しい音楽、悲しいシーンでは悲しい音楽が演奏されたのだろうか?
詳しいことは判らないが、マーチやポルカなど明るく陽気な音楽が演奏されていたのではないか。
ストーリーにはあまり関与せず、観客を盛り上げたり退屈させないための音楽が用いられていた可能性がある。
そのことをよく表している文章があるので、以下にご紹介したい。

サイレントと言っても映画館には音が溢れていた。弁士や楽士が居た。大映画館には、室内管弦楽団規模のものを常雇いしているところもあった。そして、映画館の楽士と言えば、元軍楽隊員である。《新世界より》を振った田中楽長も、大正のうちに映画館指揮者に転じている。
では、彼らはスクリーンに合わせ、どんな曲をやったのか。興業に力の入った映画では、場面場面でこの曲をと、指定された楽譜が付くこともある。しかし、大方は楽団の自主選曲だ。彼らがよく演奏したのは、マーチやポルカだったようである。要するに、自然とわくわくして身体の動くような曲だ。その音楽は、物語や画面の動きには必ずしも合わない。銀幕上が大愁嘆場でも、楽士は楽しげなポルカをやりっぱなしなんて状態が当たり前である。つまり、場面を説明するための音楽というよりも、所詮は平面上の写し絵に過ぎず、しかも俳優の声も出ず、放っておくと死物のようになりかねないサイレント映画を囃し、生気を吹き込むための音楽なのである。だから、マーチやポルカがいいのだ。
「レコード芸術 2007年2月号」片山杜秀氏の記事より

小津はトーキー移行以来、映画音楽の扱いに頭を悩ませていたのではないだろうか。
サイレントでは、映画監督にとって音楽は自分の作品の範疇外の存在であった。
小津にとって、映画とは脚本とカメラ、そして俳優の演技が全てであったのだ。

音楽は効果音と同等の扱いであり、決して映像の邪魔をしない補助的なものでしかなかった。
そのことを端的に表す小津の言葉がある。
「音楽がしゃべりすぎては困る。音楽が意味を持ちすぎると映像の邪魔になる。」

斎藤高順以前の作曲家であった伊藤宣二、斉藤一郎は、その小津の要求を忠実に受け入れていたものと思う。
しかし、当時の映画音楽家として、伊藤宣二と斉藤一郎は実績のある高名な作曲家であったことは間違いない。
そんな二人にとって、小津の要求は理不尽なものと捉えられたとしても無理はない。

現に、伊藤宣二も斉藤一郎もその当時、小津と並び称される有名監督(溝口健二や成瀬巳喜男など)の映画音楽も数多く手掛けていたのである。
斎藤高順の回想録によると、『東京物語』の音楽を担当するという栄誉を、伊藤宣二も斉藤一郎も自ら辞退した節が伺えるのだ。

もしかすると、御前演奏会において全曲書き直しというような無茶な要求を課されたことがあったのかも知れない。
小津の映画音楽を担当させて欲しいという作曲家はいくらでもいたはずである。
しかし、小津の映画音楽に対する独特の考え方を理解できる作曲家はほとんどいないのではないか…。
そう考えた当時の松竹映画音楽指揮者の吉沢博は、自身の幅広いチャネルを駆使して斎藤高順という無名の作曲家を捜し当てたのではないだろうか。

小津映画の持つ空気感と、斎藤高順の作品が表す雰囲気には非常に親和性があること、さらに小津が好んできた音楽の傾向と斎藤高順が軍楽隊出身であったキャリアもマッチしていたことに着目したのだ。
そんな吉沢の計らいにより、小津と斎藤の初面会が実現したのである。

当時27歳の新人作曲家であった斎藤高順は何が何だかよく分からないまま、『東京物語』の作曲という重責を担うこととなった。
しかし、斎藤は新人らしからぬ途轍もない大仕事を、この最初のチャンスで成し遂げることになったのである。

吉沢博の後押しがあったとはいえ、斎藤の仕事は小津の期待に見事に応えたようである。
回想禄に、斎藤が初めて御前演奏会に臨んだ時の様子が描かれている。

トップタイトルの音楽が終わっても小津監督は一言もおっしゃいません。
それから次々と吉沢さんの指揮で曲が演奏され、とうとうラストシーンの音楽も終わりました。
恐る恐る監督の方に顔を向けると、一言
「今度の音楽はなかなか良いね。」と言われたのです。
続けて監督は、「いいね、音楽みんないいからね、この通りでやってください。」
と褒めてくれましてNGはひとつもなし。
スタッフの人たちがみんな喜んじゃいましてね、今までにないことだそうです。

小津が斎藤の才能を認めた瞬間だったのではないだろうか。
それから斎藤は、遺作となった『秋刀魚の味』まで小津作品の音楽を担当することとなった。
『東京物語』以降、斎藤は小津組の飲み会の常連となり、小津と音楽論や芸術論を語り合えるほど親しい関係を築き上げたのである。

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