Aug 10, 2011

平成二年を迎えて

『むかしの仲間』 手記:1990年 斎藤高順
ちょうど8年程前に脳腫瘍の摘出を行い、3年前には副腎にできた腫瘍を肋骨2本と共に副腎ごと手術をするという、ここ教年間に二度も大病を患いました。
ところが何と幸運なことでしょう。
何れも良性で完全に治癒したばかりでなく、食欲は充分にあり、ビールは手術前よりもずっと美味しく頂け、その上あれほど吸っていた煙草は全く口にしなくても平気になったのです。
しかし、術後しばらくは食事もビールもかなり控えましたし、仕事(作曲)も制限して随分我慢しました。
しかし、すっかり回復した昨年あたりからは、長らくご無沙汰していた作曲に本腰を入れ始めました。
クエストホールで行なわれた自作自演のピアノ曲(ピアノ遊園地に収められた「観覧車」)を皮切りに、サントリーホールでの合唱の祭典にも参加し、薩摩忠の詩による「トパアズの旋律」より2曲を松原混声合唱団と自分の指揮で演奏しました。
続いて虎の門ホールで開かれた童謡祭では、柴田忠夫作詩による「はくちょう」を稲村なおこさんに歌って貰い、朝日生命ホールでの新しい日本の歌の発表会では、宮田滋子作詩「黒鳥」を中村邦子さんに初演して頂きました。
この他にも、未発表の歌曲や合唱曲等も数曲作曲致しました。
なお、旧作ではありますが、吹奏楽曲「ブルーインパルス」の改訂版が暮になってから東亜音楽社から出版され、大変嬉しかったことも特記致します。
平成2年度には、更に健康にも自信が持てそうな気が致しますので、もっと多くの作品を創り上げたいと気持ちばかりですが、胸を膨らませております。
暮になってから、作曲に取りかかっておりますのはかなりの大作で、京都の大谷大学の男声合唱団からの委嘱で、同合唱団の創設六十周年を記念する演奏会で初演が予定されている太宰行信作詞になる「木の葉舟」です。
ただ今作曲中ですが、ピアノ伴奏の男声合唱に加えて、随所にテノールやバリトンの独唱も加え、壮大な作品にしたいと構想を練っているところです。
しかし、おおよその骨子はできておりますので、この会報が刷り上る頃には作曲が完成されているかも知れません。
昨年は妻の母が1月に他界しましたが、5月には孫が次男と三男に一人ずつ(何れも女児)誕生し、斎藤家としても中々多忙でした。
今年はもっと忙しい年になりそうな予感がしますので、更に身体にも精神にも健康に留意し、よい仕事をしたいと願っております。

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