Oct 16, 2013

山田洋次監督 小津安二郎監督を語る (2002年1月15日)

小津安二郎の映画と黒澤明の映画ならば、黒澤映画の方が断然面白いという人が多いのではないか。
実は、山田洋次もずっと黒澤映画の方を評価していたのだ。
小津映画など、「いつも同じような話ばかりで何も起きないではないか」と批判的な見方さえしていたそうだ。

しかし、ある時敬愛する黒澤明が、自宅で小津映画を繰り返し観ていることを知り大変衝撃を受けたという。
一体、自分はこれまで小津映画の何を見ていたのか、と恥ずかしい思いがしたに違いない。

私自身も全く同じで、若い頃はなんて退屈な映画なんだろうと思っていた。
いつも最初の数分観ただけで眠くなってしまい、ウトウト居眠りしたあと目を開けると、同じような場面のままだったという印象しかなかった。
これは、多くの人が感じる正直な感想ではないだろうか。

それが年齢を重ね、様々な人生の苦難や試練を経験してから、改めて小津映画を観たときに一変するのだ。
精神的な成熟度を増したとき、その味わい深さにようやく気付けるようになるのかも知れない。
以下は、「巨匠たちの風景」(伊勢文化舎)から、山田洋次が小津映画について語った文章を抜粋したものである。

山田洋次監督

若い頃、ぼくは変な映画だと思いましたね。たいして面白くもない、とても妙な映画でした。
小津さんの映画がどういうふうに奇妙かというと、それは独特のカメラポジションとか、パンがないとか、移動がないとかいろいろあるけど、要するに何ていうか、激しい感情の表現がまるでないってことですね。俳優が大声でゲタゲタ笑うとか、大声で泣くとか、怒って叫ぶとか、そういうことが一切ない映画なんですね。長口舌もふるいません。一人の俳優が一度にしゃべるせりふの量が決まってるんです。長いせりふをダーッとしゃべるなんてことはやらない。それから大事件が起きない。アメリカの映画なんか地球が滅ぶというような大事件までSFXでやるんだけども、小津さんの場合はほんのちょっとした波風、小津さんにいわせればドラマでなくってアヤだっていうんだけど、まさしく人生のアヤだけで映画をつくってる。
若者にとっては到底受け入れることができないというのは当り前です。若いのに小津さんの映画がいいというのは、よほどひねこびた奴ですね。それが年とると分かってくる。ぼくもそうでした。監督になって、ある年齢になってくると、すごいなこの人の個性はと思うようになってきた。
たんたんたる人の暮らしのちょっとしたエピソードを捉えて、人間全体を描こうとしているのかな。人生、社会までそこに浮かび出てくるっていうか。そこのところが小津さんの映画の偉大さじゃないでしょうか。小津さんの視点はピシッと決まっていて、とても細い穴のようなところから人間を見るんだけど、実は微細なくらしのアヤを描きつつ、全体がそこに出てくる。そこに映画を見る歓びを観客は感じるようになる。
『タイタニック』のように巨大な船が傾いて沈没する、乗客はどうやって死んでいくか、それを全部写しちゃうみたいなことで喜んでるっていうのは、ぼくはある意味で映画の衰弱だと思います。おそらく小津さんは、あの映画を見たら笑い出すんじゃないでしょうか。あれで人間が何もかも描けたと思うのは間違いだと思いますよ。登場人物が何百人いたって、実はあまり人間は描けてないってこともあるわけで、『タイタニック』が人生や社会をちゃんと描けてるかというと描けてないと思う。小津さんは細部を描きながら全体を描くことがができた希有な人なんでしょうね。
「巨匠たちの風景」(伊勢文化舎)より引用

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