浮草
若尾文子 中村鴈治朗 川口浩 杉村春子
浮草は、小津安二郎第51作目の監督作品である。
1959年(昭和34年)に公開され、小津自身は56歳であった。
晩年、「自作を語る」の中では、次のように述べていた。
「大映で一本撮ってくれという話は、溝口さんが生きておられた頃からあったんです。
その後、永田さんからも屡々依頼されていたんだが、ぼくは松竹と一年一本の契約を結んでいる。
その一本で、たいてい一年が終ってしまう。
丁度この年は「お早よう」が早くあがり、もう一本大映でつくるだけの時間ができた。
それで年来の約束を果したわけです。
このストーリーは、無声時代に一度とったことがある。
それをもう一度、北陸の雪の中でやってみたくて、「大根役者」というシナリオを書き、松竹でつくるつもりだったんだが、この年は雪が浅く、高田へ行っても佐渡へ行っても、ぜんぜん絵にならない。
一時中止していた作品ですが、これを季節や舞台を変えて書きなおし、大映でやったわけです。
テーマは、まあ、もののあわれというか、古風な話で、時代は現代だが、明治ものの古さをもっている。
じゃあ明治ものにしたらよさそうなものだが、かと言って明治にする必然性もない。
それに時代を過去にさかのぼらせると時代考証その他でたいへんだ。
結局古いストーリーを現代に生かしたと言うことになりますね。
カメラマンの宮川一夫さんがいろいろ苦心してくれて、ぼくもこの頃からようやくカラーがわかりはじめた。
色はその種類によってちがった光量をあてなければいけないと言うことね。
目で見た色とフィルムに写る色とは違うということ。
だから二つの色のコントラストを狙っても、同じ光量をあてたら一方が死んでしまう。
そんな時はどちらかを影にして色をおさえてしまう。
――こんなことをはじめて知りました。
また、だんだんシネマスコープが一般化してきた。
ぼくは大型映画をつくるつもりは全くないが、やはりこれに対抗して少しずつ意識的に演出手法を変えはじめた。
もちろん変えると言っても、一度にグンと変るものではない。
少しずつ、気がつかないうちに変って来る。
たとえばクロース・アップが多くなり、カットも細かくなった。
最近のぼくの映画は日本映画としては最高のカット数じゃあないかと思う。」
(引用:「自作を語る」)
■ストーリー
南紀の小さな港町に、嵐駒十郎率いる旅芸人の一座がやってきた。一座の看板女優すみ子と駒十郎の仲は誰もが知っていた。
すみ子には、なぜこんな小さな田舎町に立ち寄るのかがわからなかった。実は、この町には駒十郎が若い頃愛した女お芳と、お芳との間にできた子の清が住んでいるのだ。清も今では郵便局に勤めていると聞き、安心する駒十郎だった。
駒十郎は、清と釣りをしたり将棋を指したりして、わずかな父子の時間を楽しんだ。だが、お芳は駒十郎が実の父親であることを清には明かしていなかった。すみ子は、駒十郎とお芳母子の関係に気付き、嫉妬心から何とか復讐してやろうと企てた。
そこで、すみ子は一座の妹分加代をそそのかして、清を誘惑してくれと頼んだ。思惑通り、真面目な清は加代に夢中になるが、逢引を重ねるうち加代の方も清に惹かれてしまった。二人の仲はすぐに駒十郎に知られてしまい、激怒した駒十郎はすみ子を呼んで殴りつけた。
一方、豪雨の影響もあり客の入りが悪かった上、一座の吉之助が興行収入を持ち逃げしてしまう。悪いことが重なり、駒十郎は一座を解散する以外に方法がなかった。衣裳や小道具を処分して作ったわずかな金で、駒十郎は一座の連中と別れの宴を開いた。
駒十郎は、このまま役者稼業に見切りをつけ、ここでお芳と清と静かに暮らすことを望んでいた。しかし、清は加代と家を出たまま、夜になっても帰ってこなかった。二人の仲を認めてもらおうと戻ってきた清と加代だったが、怒って加代を殴りつけた駒十郎は、加代をかばう清に突き飛ばされてしまった。
止めに入ったお芳は、清に駒十郎が本当は父親であることを告げた。だが、今さら清にはそんな事実など受け入れる気はなかった。最愛の息子にまで背を向けられた駒十郎は、再び旅に出る決心がついた。
行くあてのなくなった駒十郎は、ひと気のない駅へと向かった。そこには、同じく行き先を失ったすみ子がいた。二人は桑名行きの切符を買い、静かに町を後にした。
中村鴈治郎・・・嵐駒十郎
京マチ子・・・すみ子
若尾文子・・・加代
浦辺粂子・・・しげ
三井弘次・・・吉之助
潮万太郎・・・仙太郎
伊達正・・・扇升
島津雅彦・・・正夫
田中春男・・・矢太蔵
中田勉・・・亀之助
花布辰男・・・六三郎
藤村善秋・・・長太郎
丸井太郎・・・庄吉
入江洋佑・・・杉山
星ひかる・・・木村
杉村春子・・・本間お芳
川口浩・・・本間清
笠智衆・・・相生座の旦那
野添ひとみ・・・小川軒のあい子
宮島健一・・・あい子の父親
高橋とよ・・・あい子の母親
佐々木正時・・・梅の家の親爺
桜むつ子・・・梅の家のおかつ
賀原夏子・・・梅の家の八重
丸山修・・・小屋の男徳造
杉田康・・・船着場の係
志保京助・・・郵便局員両角
酒井三郎・・・爺さんの客
松村若代・・・姿さんの客
三角八郎・・・船員
南方伸夫・・・小川軒の客