三上真一郎さんを偲んで

最後列中央が三上真一郎、右に佐田啓二、右端に笠智衆、中央左が斎藤高順、最前列左端に小津安二郎、中央には野田高梧の顔も見えます。(「秋刀魚の味」打上げ写真より)

2018年11月16日の午後、俳優三上真一郎さん死去の知らせをニュースで知りました。心よりご冥福をお祈り申し上げます。お住まいは長野県松本市でしたが、市内の高齢者施設に入所されていたようで、誤えん性肺炎によりお亡くなりになりました。実は、7月14日に他界されたそうですが、生前よりご本人の希望もあってしばらく公表は控え、葬儀・告別式は近親者のみで行ったとのことです。

三上さんといえば、「秋刀魚の味」のラスト近くで「おい、お父さん、あんまり酒呑むなよ!」という、ぶっきらぼうで棒読み風のセリフが印象的でした。笠智衆や北竜二の息子役を演じましたが、真面目で不器用だけど、どこか憎めない青年役がよく合っていたように思います。高校在学中に松竹へ入社し、「若い広場」(1958年)でデビュー以来、半世紀近く映画やテレビで活躍しましたが、やはり小津監督とご一緒できたことが最も印象深かったようです。

三上さんと小津監督の、松竹大船撮影所におけるユーモラスな一コマを記した文章が遺っていました。小津監督とスタッフ、役者さんたちとのやり取りが、何とも微笑ましく、暖かさとユーモアに包まれた現場だった様子が垣間見えるようです。

以下に、「小津安二郎・人と仕事」より「釈然としないこと(三上真一郎)」を引用します。果して、三途の川を渡った三上さんは、無事に小津監督と再会し、当時の疑問をぶつけることができたのでしょうか?(笑)

「秋刀魚の味」の撮影が終りに近づいた頃の或る日だ。大船から電話が入った。製作部の清水富二さんから、「セリフの取り直しがあるので明日十二時撮影所に来るように」とのこと。十二時とは中途半端な、そう思いながらジャスト十二時に門をくぐると、トミさんの姿が見える。「早く早く」といいながら僕の手を引っぱる。行く先はスタジオでなく、所長室の横の階段をのぼる。「取り直しじゃないの?」「先生に挨拶してからだ」先生は所長室の上の応接間におられるという。「取り直しは時間かかる?」「うん、それが……録音部はOKだっていうのに、先生が取り直すっていうんだ」「どこの部分なの?」「うん、それがな……ムニャムニャ……」どうも要領を得ない。製作部が知らんとはおかしな話である。応接室にはいる。
「こんにちわ!先生」「やア、一杯やれ」テーブルの上にはジョニ赤とサンドイッチがある。封を開いたばかりだ。思わず手が出かかったが、「先生、取り直しがあるんでしょ?」「一杯ぐらいどうてことないだろう……」「ハ、ハイ!」周りの厚田さん、トミさんがなんとなくニヤニヤしている。「監督が許可してるんだ、やれ!やれ!」とそそのかす。グラスを手にする。「俺は取り直さない方が良いと思うんだが、録音部からNGが出てな」――アレ、トミさんの話と違うな――「先生、どこのセリフですか」「うん、それがな……とにかくたいしたことないから飲めよ」なんとなくハッキリしない話で、しきりに飲め飲め連発である。そのうち、セットの開始のベルが鳴る。僕は慌てて立ち上がった。「先生、行きましょう」「お前ここで飲んで待ってろ、セットの都合の良い時に呼ぶよ。フフフ……全部飲んでもいいぞ」そう仰有ると、例の白い帽子を被ってセットに行ってしまわれた。全部飲んでもいいというのはどういうことか、少々腑に落ちない気持ながら、口の方は遠慮なくご好意を受け始める。ところが一杯やるたびに取り直しが気になってしょうがない。セットに行くことにした。中は佐田啓二さん、岡田茉莉子さん夫婦のセットである。椅子に坐って見てると、先生がニヤニヤ笑いながら近づいて来られた。
「おい、このカット終ったら取るからな。一言ぐらい、酔っぱらっても喋れるだろう?」
「ハ、ハイ!!」
撮影の方は間もなくOKが出て、さて、いよいよとばかり立上がると、先生はまた、僕の傍まで来られて、「すまんなア、もう一カットやらせてくれよ」と仰有る。それから先は、「このカットが終ったら……」「この次のカットでな」の連続である。僕はだんだん酔いが頭にのぼってくるような具合で、ちょいと心配になって来た。とも角セリフだけでも覚えておこうと思って、フラフラと、録音部の堀さんのところへ行ってみた。
「どこの取り直しですか?セリフを覚えときたいんですよ」「え?取り直し? 知らねえよ」堀さんは全然聞いていないというのだ。おかしい!担がれたか?
セットに戻ると、佐田さんと岡田さんが、撮影の合い間を縫って交代で僕の傍にやって来て、「何だい、今日は?」「何なの、今日は?」と、しつっこく聞く。セリフの取り直しだというと、「フーン」と判ったような、判らないような顔をして行ってしまう。心なしか、お二人とも、僕に背を向けた途端、先生と顔を見合せて、クスンと笑ったような気がした。
しまった!やられた!何たること!僕は、セリフの取り直しという名目で、大船まで、ノコノコ、ジョニ赤を飲みに来たようだ。
トミさんに喰ってかかった「ひどいな、トミさん!」「だって、先生がシン公を呼べってんだから、しょうがないだろ。俺だって、どこをどう取り直すか判らなかったんだ」
いきなり、後から、先生がポンと僕の肩を叩いて、
「おい、取り直しは、やっぱりやめよう。取り直したって、変り映えしねえからな、フフフ……」「ハイ。」
「もうすぐ終るから、二階で一杯やって待ってろよ」
先生はサッサと、佐田さんの傍へ行ってしまわれた。
やっぱり、僕は、担がれたらしい。いや、ひょっとすると、試されたのかな?それとも「お前のセリフは、全部、取り直しだぞ」という無言のお説教だったのかな?……
未だに、僕は、この日、何で呼び出されたか、ホントの所は釈然としないでいる。
何時か、三途の川を渡る日があったら、何としても先生にお訊ねしたいと思っている。

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動画について

①ブルー・インパルス ②オーバー・ザ・ギャラクシー ③オンリー・ワン・アース ④輝く銀嶺 ⑤東京物語(吹奏楽アレンジ) ⑥彼岸花(吹奏楽アレンジ) ⑦秋刀魚の味(吹奏楽アレンジ)

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