東京物語・彼岸花・お早よう・秋日和・秋刀魚の味 オリジナル・サウンドトラック
東京物語・彼岸花・お早よう・秋日和・秋刀魚の味 オリジナル・サウンドトラックは、小津監督の生誕110年を記念して、映像のニューデジタルリマスター版として順次発売される「東京物語」「彼岸花」「お早よう」「秋日和」「秋刀魚の味」の5作品を収録した映画音楽集である。この映画音楽集は、ニューデジタルリマスター映像から修復した音声、現存する音楽マスターテープより収録した音声、オリジナルフィルムの音声の3種類を聴き比べることができる。
メインタイトル以外は、普段なかなか耳にする機会がない劇伴が収録されており、これらの音楽に触れると自然に小津映画のワンシーンや俳優たちの姿が目に浮かんでくるようだ。映像なしで劇伴だけを聴くなど普段はないことだが、改めて聴いてみると同じような音楽に若干アレンジを加えたような曲が多く、これは作曲家が手抜きをしたわけではなく、小津監督の好みを忠実に反映した結果なのだろうと思う。
収録曲の中では、やはり「お早よう」だけが異色な感じがする。「お早よう」は他の小津作品に比べると喜劇色が強く、腕白盛りの子供が中心に描かれており、音楽に斎藤高順ではなく黛敏郎を起用した理由が何となく理解できる。
ここでも、黛を抜擢したのは小津ではなく吉澤博だった。吉澤による黛の起用は、見事に功を奏したと言えるのではないだろうか。しかし、ここには収録されていないが、黛は「小早川家の秋」で再度音楽を担当するが、冒頭からいきなりジャズが流れてきたり、ちょっと黛の個性が前面に出過ぎてしまった感が否めなかった。やはり、小津好みの「いつも天気のいい音楽」は斎藤にしか書けなかったのだ。
悲しいシーンには悲しい音楽、楽しいシーンには楽しい音楽を付けるのではなく、太陽の光が万人に降り注ぐように、神のごとき眼差しで人間の内側を見つめ続けた小津が望んだ音楽は、感情に訴えるのではなく心に届く音楽ということだったのかも知れない。
片山杜秀氏は、斎藤の音楽を次のような言葉で賞賛している。
「小津と斎藤のコンビは、フェリーニとロータや、ゴジラと伊福部や、トリュフォーとドルリューにも匹敵する…」(「レコード芸術 2007年2月号」より)
世界中の映画監督や批評家から絶大な評価を得ている小津映画だが、音楽のことが話題に上ることは決して多くはない。しかし、小津映画の音楽は映像と共に作品の価値を高め、日本人の品格を示す役割を十分に果たしているのではないだろうか。小津監督の元に集結した、小津組スタッフや名優たちのような気高き人々が、現在の日本から姿を消してしまったことは誠に憂うべきことである。