「東京暮色」4Kデジタル修復版

「東京暮色」は1957年の公開当時、小津作品の中では興行成績も振るわず、評論家からも失敗作と酷評された作品でした。しかし、私は初めて観た時から、この映画にはとても心惹かれるものがありました。

第68回ベルリン国際映画祭クラシック部門で、「東京暮色 4Kデジタル修復版」のワールドプレミアが行なわれて以来、この作品に対する評価は一変したのではないでしょうか。小津監督を敬愛するヴィム・ヴェンダース監督は、「本作はとても好きな作品で、白黒映画の真の傑作です。また非常にフィルム・ノワールな点、そして面白いことに当時のフランスの哲学、実存主義につながる小津の中でもユニークな作品でもあることが理由です。」と述べました。

坂本龍一氏は、「以前、武満徹さんと一緒に、小津作品の音楽をすべてもう一度二人で作曲しようと企画しましたが、武満さんが亡くなり実現しませんでした。しかし、今は考えが変わりました。小津作品の音楽は緻密に計算され、意識的に伝統に沿ったようにできていると思います。」と、小津作品の音楽に肯定的な考えを表明しました。

ヴェンダース監督は、フィルム・ノワールという言葉を使いましたが、フィルム・ノワールとは「虚無的・悲観的・退廃的な指向性を持つ犯罪映画を指した総称」とのことです。「東京暮色」は犯罪映画ではありませんが、ヴェンダース監督が伝えたかったことはほぼ理解できます。また、フィルム・ノワールの代表作として、1949年製作のイギリス映画「第三の男」が挙げられますが、「東京暮色」と「第三の男」の意外な共通点として音楽にも注目する必要があります。

「第三の男」では、アントン・カラスのツィター演奏による「ハリー・ライムのテーマ」が、タイトルバック及び劇中に繰り返し流れます。音楽は、全篇「ハリー・ライムのテーマ」しか使われていないのです。小津監督は「東京暮色」の音楽について、斎藤高順に次のように要求したそうです。「斎藤君、東京暮色の音楽はサセレシア一本で行くからね。他の曲は書かなくていいから。」と仰ったとのことです。

父は小津監督からこの話を聞いた時、曲を一本も書かなくてギャラがもらえるならラッキーだな…と感じたそうですが、さすがにそうは行かないと考え直し、サセレシア以外にも多くの曲を書いています。改めて観てみると、サセレシアは主に山田五十鈴の登場シーンに使われており、山田五十鈴のライトモチーフのような使い方をされていることが分かります。しかし、小津監督はサセレシアを多用することで、「東京暮色」にフィルム・ノワール的な雰囲気を漂わせたかったのかも知れません。

他に「東京暮色」に関する興味深い話を一つご紹介しますと、メガネを挙げることができるでしょう。これを最初に指摘したのは、ライブスペース「エムズ・カンティーナ」のオーナー寺澤祐貴氏でした。寺澤氏は、私が小津映画音楽のイベントを初めて開催した時の仕掛人です。「東京暮色」に度々登場するメガネの看板が、フィッツジェラルドの「グレート・ギャツビー」に使われたメガネの看板に酷似しているというのです。つまり、小津監督は「グレート・ギャツビー」からヒントを得て、「東京暮色」にも似たようなメガネの看板を登場させたのではないか、というのが寺澤氏の仮説でした。

それもあり得る話だと思いましたが、私は別の仮説を考えました。「東京暮色」にはメガネをかけた人物が多く登場します。本物志向の小津監督は、登場人物に安物のメガネをかけさせるわけにはいかないと考え、高級メガネの老舗「金鳳堂」に協力を要請したのではないでしょうか。映画の小物として、高級なメガネを使わせてもらう見返りに、金鳳堂の看板を画面に度々登場させたと考えると合点がいくように思います。

メガネの看板は、金鳳堂の広告のためだったということです。遊び心のある小津監督ならばやりかねないと思いますが、真相は全く分かりません。それにしても、小津映画は観れば観るほど様々な発見があり、そして新たな謎が生まれる実に奥深い作品群と言わざるを得ませんね。

動画について

①ブルー・インパルス ②オーバー・ザ・ギャラクシー ③オンリー・ワン・アース ④輝く銀嶺 ⑤東京物語(吹奏楽アレンジ) ⑥彼岸花(吹奏楽アレンジ) ⑦秋刀魚の味(吹奏楽アレンジ)

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