ヴェンダース監督と坂本龍一、小津映画音楽を語る

『東京暮色』の4Kデジタル修復版が2018年2月17日、第68回ベルリン国際映画祭クラシック部門にて上映(ワールドプレミア)されました。上映に先立ち、ヴィム・ヴェンダース監督と坂本龍一が舞台挨拶を行い、その模様はネットの記事や様々な媒体でも紹介されており、内容は大体知っていました。

先頃、小津会(12月12日)に参加した際、この舞台挨拶のノーカット版を掲載した全国小津ネットワークの会報誌を拝読しました。世間に公表された記事よりも、もう少し詳しく紹介されていたので、以下に映画音楽に関する部分だけを引用させていただきます。

坂本龍一:(…中略…)私は小津作品が大好きです。昨年のヴェネチアでも話しましたが、このエピソードが好きなので、ベルリンのみなさんにもお聞きいただきたいと思います。ロンドンにいた時、日本の偉大な作曲家で私が非常に敬愛する武満徹さんと小さなカフェで話をしました。武満さんは小津作品を称賛していることで知られていて、映画音楽の偉大な作曲家でもあります。私たちは小津作品についてとても熱く語りました。大好きな小津作品について、細部に渡って話をしましたが、最後に音楽の話題になり、二人とも好きになれないということになりました。その時は、二人とも、映画はほぼ完ぺきなのに、音楽が伝統にとらわれすぎていると意見が完全に一致しました。そこで、小津作品の音楽をすべてもういちど二人で一緒に作曲しようと企画しました。残念ながら、それからしばらくして、武満さんは亡くなり、実現しませんでした。しかし、現在、私はそれで、良かったと思っています。考えが全く変わったのです。小津作品の音楽は徹密に計算され、意識的に伝統に沿ったようにできているのだと思います。数年前に山田洋次監督と仕事をしました。山田監督は、おそらく、1950年代、60年代の松竹映画黄金期を知る最後の映画監督です。その黄金期をたたえて、小津作品の伝統に沿った音楽を山田監督の映画で試みました。
ヴェンダース監督:では今は小津作品の音楽は好きですか?
坂本龍一:まあそうですね。
ヴェンダース監督:私も音楽のことがいつも気になっていました。ちょっと不思議な、フランス風だったり、平凡なタッチがあったり、昔のヨーロッパ映画や日本風のようなものがあったり、気にはなりましたが、最終的にはそれが作品の雰囲気であり、映画の一部であるので、好きになってしまうのです。
坂本龍一:はい、音楽は変えられませんね。やらなくてよかったです。(…以下省略…)

以上です。また、坂本龍一と共に小津映画音楽を作り直そうと企んだ…(笑)、もう一人の作曲家武満徹は映画マニアとしてもよく知られていますが、そんな武満が映画について蓮實重彦と対談している「シネマの快楽」(河出文庫)という書籍がありました。その中で、武満は小津映画音楽について少しだけ触れています。以下に「シネマの快楽」より、該当箇所の一部を引用します。

武満:小津さんの使っておられる音楽は、だいたい後期の作品は斎藤高順さんがなさっていますけれど、その前は伊藤宜二さんがやっていて、黛(敏郎)さんが一本か二本やっていますね、『小早川家の秋』だったかな。
蓮實:『お早よう』も黛さんじゃないですか。
武満:子供が二人出てくる……そうでしたっけ。率直にいって、黛さんの音楽は小津さんの映画には具合が悪いと思ったですね。外国なんかで感想を聞くと、小津さんの映画の音楽というのはちょっとよくないんじゃないか、という意見を言う人が多いですね。ぼくが松竹撮影所に行ってる頃の話では、小津さんは最後のミックスにはほとんど立会われなかったらしい。御前演奏というのをやって、音楽だけ最初にまとめて演奏して、「あ、結構です」ということであとは聞かなかったそうです。まあ小津さんの映画には音楽はなくてもよかったのかもしれませんね。もしかしたら小津さんは、映画の中の音楽の力をそれほど信じていなかったのかもしれないというふうにも思うし、あるいは逆に、音楽の役割もある意味ではかなり積極的に認めておられたんじゃないか、というふうにも思います。斎藤さんの音楽というのは、音楽自体が何も語らないですからね。(…以下省略…)

上記のように武満は述べていますが、小津映画音楽は一括りで語ることはできないと思います。トーキー作品は全部で19本ありますが、前半の10本は伊藤宜二と斎藤一郎、後半の9本は斎藤高順と黛敏郎が音楽を受け持ちました。『東京物語』を境に前と後と言っても良いでしょう。坂本龍一は、主に前半の伊藤宜二と斎藤一郎の音楽について述べており、ヴェンダース監督と武満徹は後半の斎藤高順と黛敏郎の音楽のことを批評しているようです。

撮影が終了すると、小津監督は一通り映像のチェック(オールラッシュ)を行った後、御前演奏会ですべての音楽を最初から最後まで聴き、その場でOKかNGかの判断を下しました。さらに、ミックス(ダビングの段階)でも最終チェックを行い、映像と音楽のバランスについて細心の注意を払っていたのです。

父高順は、伊藤宜二と斎藤一郎の音楽的傾向を踏襲しつつ、独自のカラーを打ち出しましたが、小津監督からは音楽について様々な注文が付いたと述懐していました。また、小津映画音楽を引き受ける際、父は伊藤宜二の元を訪ね、映画音楽に関するヒアリングを行いました。

伊藤の音楽が興行成績に影響したのかどうかは分かりませんが、伊藤が音楽を担当した作品(『晩春』『麦秋』等)は概ね好評でした。その様な背景もあってか、伊藤は次作『東京物語』の音楽は自分の思った通りにやらせて欲しいと主張し、そのため小津監督と意見が衝突してしまい、音楽担当を辞めざるを得なくなったと仰ったそうです。

小津監督には、映画音楽に対する強いこだわりがあって、明確な方針をお持ちだったことは間違いないでしょう。そして、それを具現化したのが、『東京物語』以降の父高順の音楽でした。音楽が目立ってはいけない、決して主張してはいけない。けれども、映像と一体化し、作品を盛り上げる隠し味のような役割を果たして欲しい…ということだったのではないでしょうか。映画音楽があまり注目されないことは、作曲家にとって不本意なことではありますが、それは小津監督のねらい通りだったのです。

動画について

①ブルー・インパルス ②オーバー・ザ・ギャラクシー ③オンリー・ワン・アース ④輝く銀嶺 ⑤東京物語(吹奏楽アレンジ) ⑥彼岸花(吹奏楽アレンジ) ⑦秋刀魚の味(吹奏楽アレンジ)

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