「アンパンマンのマーチ」と松竹大船撮影所跡
父高順が、その昔編曲した「アンパンマンのマーチ」が鎌倉芸術館で演奏されることになりました。元々は、近所の幼稚園でクリスマス会か何かのイベントが催される際に、園児に楽しんでもらおうという趣旨から、幼稚園が父に編曲を依頼したものでした。
そこで、父が子供たち(私の兄妹)で演奏できるように楽器の編成を考慮して、室内楽風のアレンジを施したというわけです。編成は、ヴァイオリン(妹)、ヴィオラ(義妹)、チェロ(兄)、コントラバス(弟)、オーボエ(弟)による5重奏です。当時のことはあまりよく憶えていませんが、結局私はそのイベントには参加せず「アンパンマンのマーチ」を聴くことはありませんでした。
今回、鎌倉芸術館で「アンパンマンのマーチ」が演奏されることになったとのご連絡をいただき、かつて聴くことができなかった父のアレンジ作品を聴いてみたくなりました。そもそも、なぜ鎌倉芸術館で斎藤高順編曲の「アンパンマンのマーチ」が演奏されることになったのか…そのいきさつとは…。
実は、「東京物語」の弦楽5重奏アレンジの楽譜が存在しており、小津安二郎生誕100周年の2003年に、一度だけ横浜みなとみらいホールで演奏されました。この時も、私は演奏を聴くことができませんでした。
その後、この楽譜はすっかり忘れ去られた存在でしたが、鎌倉といえば小津監督ゆかりの地であり、是非とも監督の代表作である「東京物語」の弦楽5重奏を演奏していただきたいという強い願いがありましたので、今回の鎌倉芸術館での演奏会はうってつけではないかと考えました。
ところが、今回の演奏会は親子向けの企画ということで、小さなお子さんが対象となるため、さすがに「東京物語」は不向きではないかとのことでした。そこで、「東京物語」に代わって「アンパンマンのマーチ」が浮上してきたというわけです。
そのような経緯があって、「東京物語」の弦楽5重奏は叶いませんでしたが、「アンパンマンのマーチ」も以前から聴いてみたかったので、鎌倉芸術館を訪れることにしました。しかし、鎌倉芸術館まで足を運んだのには、もう一つ理由がありました。
実は、鎌倉芸術館に隣接する鎌倉女子大学の土地こそ、かつて松竹大船撮影所があった場所なのです。ここは、1998年頃まで「鎌倉シネマワールド」という娯楽施設でしたが、経営不振によりわずか3年ほどで閉鎖され、その跡地に鎌倉女子大学が建てられたのでした。
松竹大船撮影所跡が現在どのようになっているのか、この目で確認したかったというのがもう一つの理由だったのです。演奏会を鑑賞したあと、何かモニュメントの様なものが残されているに違いないと考え、会場周辺を散策してみました。
小津監督や俳優たち、小津組のスタッフや父も歩いたに違いない松竹大船撮影所近辺を色々と探索してみましたが、残念ながらかつての痕跡を確認することはできませんでした。わずかに確認できたのは、松竹通りという名称と交差点に架かる「松竹前」の表示板、それに小さな石碑くらいでした。
実に残念なことですが、松竹蒲田撮影所跡と同様、日本映画全盛期に栄華を誇った松竹大船撮影所跡も、今では見る影もありませんでした。かつての映画の街の雰囲気はどこにも感じられず、ちょっとガッカリさせられました。ちなみに、「アンパンマンのマーチ」は格調の高い素晴らしいアレンジ作品であったことは大きな収穫でした。