OZU2020(『小津安二郎 大全』刊行記念シンポジウム)寄稿文(オリジナル)
少し前に開催された小津関連イベントに関する記事を、映画情報誌「合同通信」へ寄稿しました。紙面の都合で部分的に割愛されており、簡略化した文章になっています。同記事は「合同通信オンライン」にも掲載されているので、コチラからご覧いただけます。
現在は新型コロナウイルスの影響によって、各種イベントが続々と中止や延期されていますが、コロナ騒ぎが起きる少し前の開催だったため、大変に盛況なイベントでした。以下に寄稿文のオリジナル(全文)を記載いたします。
OZU2020(『小津安二郎 大全』刊行記念シンポジウム)に参加して
1月18日(土)、早稲田大学小野記念講堂においてOZU2020(『小津安二郎 大全』刊行記念シンポジウム)が開催されました。当日は、朝から小雪がちらつく生憎の空模様でしたが、会場はほぼ満席で、顔ぶれも老若男女バランスよく来場されている印象でした。(※以下敬称略)
講演の内容は、石井妙子(ノンフィクション作家)、舩橋淳(映画監督)、小沼純一(早稲田大学教授)、志村三代子(都留文科大学准教授)の4名によるシンポジウム、小津安二郎にとって最後の仕事となった短編映画『私のベレット』の特別上映、望月智充(アニメーション監督)のトークと映像紹介、周防正行(映画監督)のトーク及びインタビューの4部構成でした。
第1部のシンポジウムでは、これまでに語り尽くされてきた一般的な小津映画論ではなく、新しい視点から小津映画を捉え直し、なかなか気付かないディテールにも着目した発言に興味を惹かれました。たとえば、小津の卓越したグラフィックセンスや、ゆったりとした演技の中に見られる独得の緊張感、凡庸なようで実は面白い音楽のことなど、4名の登壇者それぞれが感じる小津映画の楽しみ方や新発見について、貴重な見解を拝聴することができました。
第2部の短編映画『私のベレット』は、今回の企画の中でも特に興味深いものでした。小津がNHKのテレビドラマ『青春放課後』の脚本執筆から、築地の国立がんセンターへ入院するまでの間に、このような作品の脚本監修に携わっていたことは全く知りませんでした。いすゞ自動車ベレットのCM映像ですが、3部構成で全27分ほどの短編映画になっており、出演は柳生博、小山明子、菅原謙二他、監督は大島渚、音楽を中村八大が担当しました。1作目に出てくる若い男女の会話のやり取りに、若干小津らしさが垣間見える箇所もありましたが、およそクルマのCMとは思えないドラマ仕立ての斬新な異色作と言えるでしょう。
第3部は、アニメーション監督望月智充のトーク及び映像によるパートでした。望月はアニメーションに付き物であるナレーションやモノローグ、回想シーンなどを一切使わない、いわゆる小津映画的手法によるアニメーション制作にチャレンジしたことがあるそうです。小津映画風にパンやズームを用いず、極力カットのみで完結するアニメーションにも挑みましたが、特に違和感なく受け入れられたとお話になられました。会場が大いに沸いたのは、『セラフィムコール(第3話)』「洋菓子の味」の映像が流れたときでした。小津映画を描写したとしか思えないアニメーションは、ありふれた日常を描いたと言われる小津映画が、実は非現実的で奇妙なものであることを再認識させられ、新しい小津映画の楽しみ方を発見した気分になりました。
最後は周防正行監督のトーク及び、主催者宮本明子と松浦莞二による周防監督へのインタビューでした。小津のパロディ作品『変態家族 兄貴の嫁さん』を観て以来、一体周防正行は小津映画をどのように考えているのか、ずっとお話を伺ってみたいと思っていました。周防は10代の終わり頃から小津映画にハマり、笠智衆や中村伸郎、東野英治郎らが酒場で人生の侘しさや虚しさを語り合う店の片隅で、いつまでも彼らの話を聞き続けていたいと妄想するほど、小津映画が好きで仕方がなかったそうです。おまけに怖いもの知らずで世間知らず、きわめて図々しい若者だったので、あのような作品を撮ってしまい、今では申し訳ない気持ちであると仰いました。
現在も小津への敬愛は止むことがなく、最新作『カツベン』では竹中直人に、青木富夫(突貫小僧)という役名を付けたほどです。また、小津映画への興味がトーキーからサウンド版、サイレントへと遡っており、最近は初期のサイレント作品に関心が高く、その辺りも『カツベン』を撮る動機になったようです。サイレントには弁士と楽士の存在が不可欠であり、映像に音が加わって初めて作品として完成しましたが、そのことを小津監督はどのように考えていたのか、大変興味を感じているとも言われました。映画における音楽の効果は絶大で、映像は音楽によってカバーできてしまうため、音楽の力は諸刃の剣にもなる怖さがあると捉えているとのことです。
最後に『小津安二郎 大全』の中で気になった箇所を尋ねられ、周防は小津映画音楽について語りました。かつて坂本龍一と武満徹が、小津の映画音楽はあまり良くないので二人で音楽を作り直そうという話をしたことに触れ、何と恐ろしいことを考えているんだと驚きますが、やがて坂本が考えを改め今のままの音楽で良いと納得したことを知って、心底ホッとしたそうです。小津作品にとって映像と音楽は一体化しており、決して切り離せないものであって、素晴らしい音楽ではないと言う人がいるのかも知れませんが、自分にとっては最上の音楽であり、ご自身の作品でも音楽の使い方は小津映画を手本にしているとお話しされました。