小津映画に使われた既成の音楽
小津映画の知られざる特徴の一つに、既成の音楽がよく使われている点が挙げられます。他の監督作品で、クラシック音楽を除いて劇中に既成の音楽を使用している例は、あまり記憶がありません。それには理由があって、既成曲を使用すれば著作権の問題が生じ、作曲家のギャラ以外に著作権使用料が発生します。従って、プロデューサーも作曲家も、既成曲の使用には慎重となり、できれば使いたくないというのが本音ではないでしょうか。
ところが、意外なことに小津映画ではしばしば既成の音楽が使われていたのです。すべてを洗い出したわけではありませんが、題名が分かるものだけを抽出してみました。曲名と作品名は以下の通りです。
オールド・ブラック・ジョー『一人息子』
茶摘み『父ありき』
箱根八里『父ありき』
海行かば『父ありき』(※カットされている)
からくり節『長屋紳士録』
夢淡き東京『風の中の牝鶏』
夏は来ぬ『風の中の牝鶏』
ビア樽ポルカ『風の中の牝鶏』『宗方姉妹』
花『晩春』
ワーグナーの結婚行進曲『晩春』
埴生の宿『麦秋』『彼岸花』
アルト・ハイデルベルヒ『お茶漬けの味』
戦友の遺骨を抱いて『お茶漬けの味』
すみれの花咲くころ『お茶漬けの味』
サンフランシスコのチャイナタウン『お茶漬けの味』
軍艦マーチ『東京物語』『秋刀魚の味』
駅馬車『東京物語』
ヤットン節『東京物語』
湯の町エレジー『東京物語』
煌めく星座『東京物語』
主は冷たい土の中『東京物語』
湯島の白梅『早春』
ツーレロ節『早春』
蛍の光『早春』
野ばら『早春』
安里屋ユンタ『東京暮色』
明治大学校歌『東京暮色』
有楽町で逢いましょう『お早よう』
船方さんよ『お早よう』
南国土佐を後にして『浮草』
紺碧の空『秋日和』
山小屋の灯『秋日和』
もみじ『秋日和』『秋刀魚の味』
雪山賛歌『小早川家の秋』
アニー・ローリー『秋刀魚の味』
もしかすると、小津監督の時代には音楽著作権は存在しなかった?…ということはありませんでした。JASRACは、日本国内の著作権管理事業者としては最も古く、1939年に設立された社団法人大日本音楽著作権協会を前身としており、小津監督の時代にも著作権管理は機能していたのです。
中には、出演者が軽く口ずさんだり、店のBGMとしてほんの数秒流れるものなど、著作権使用料の対象に該当しないケースもありそうです。それにしても、これだけ多くの既成曲を使っていたとは予想外でした。そして、これらの使用を決めていたのは、作曲家ではなく小津監督ご自身だったのです。父高順は「小津監督は自分の好きな音楽を劇中で使いたがる傾向があった。」と明確に証言しています。
小津監督は、20代の頃欧米の流行歌や映画音楽に凝っていた時期があり、当時蒐集していたSP盤の音源が「小津安二郎が愛した音楽」という2枚組のCDに収録されています。他に詩吟や長唄もお好きでしたが、昭和歌謡の類も大変好んでいたようです。上記には含まれていませんが、「ス―ダラ節」や「幸せを売る男」もお気に入りで、幼い中井貴惠さんと一緒に歌ったり踊ったりしていたそうです。
小津監督ほど幅広いジャンルの音楽に興味を抱いていた監督は珍しいように思います。それは作品にも色濃く反映されていると言えるでしょう。次回のイベント企画には、「小津監督が愛した昭和歌謡」のコーナーを採り入れてみようかと考えています。まだ時期は未定ですが、必ず実現するつもりですので是非ともご期待ください♪