「茅ヶ崎物語 小津安二郎とおゆうさん」と茅ヶ崎館のこと

「茅ヶ崎物語 小津安二郎とおゆうさん」は、テレビ朝日『驚きももの木20世紀』の中で採り上げた企画の一つで、当番組は1997年6月6日(金)に放送されました。『驚きももの木20世紀』は、1993年4月16日から1999年10月1日まで、毎週金曜日の午後9時から放送された60分番組で、この回の司会は三宅裕司と麻木久仁子が務め、ゲストは香川京子と白井佳夫でした。

番組は、20世紀に生じた出来事・現象、又は注目された人物等をテーマに取材・調査を行い、それらを元に朝日放送(ABC)が制作した映像を紹介しながら、司会とゲストコメンテーターがトークを行うという、最近ではあまり見られなくなった教養ドキュメンタリー番組でした。

「茅ヶ崎物語 小津安二郎とおゆうさん」の舞台となった茅ヶ崎館は、1899年(明治32年)創業の由緒ある老舗日本旅館です。松竹の撮影所が1936年(昭和11年)に蒲田から大船へ移転となり、翌1937年(昭和12年)に小津安二郎監督は初めて茅ヶ崎館を訪れました。

小津監督は、海岸へ続く庭に面した中二階の角部屋「二番」を仕事部屋とし、『戸田家の兄妹』『父ありき』、太平洋戦争後は『長屋紳士録』『風の中の牝鶏』『晩春』『宗方姉妹』『麦秋』『お茶漬けの味』『東京物語』『早春』まで、脚本執筆のために茅ヶ崎館を利用しました。

共同脚本家として、『風の中の牝鶏』までは池田忠雄、柳井隆雄、斎藤良輔の各氏、『晩春』以降は名パートナーとなった野田高梧を伴い、数ヶ月間滞在するのが毎年恒例でした。1957年(昭和32年)公開の『東京暮色』以降は、遺作となった『秋刀魚の味』まで蓼科高原にある野田高梧の別荘を仕事場としたため、茅ヶ崎館を脚本の執筆に利用することはなくなりました。

「茅ヶ崎物語 小津安二郎とおゆうさん」の中でも紹介されていますが、小津と野田の脚本執筆の様子は、ゆっくり朝風呂につかり、近所をぶらぶら散歩したり、午前中から酒を呑んだりして、ほとんど毎日遊んで過ごしているかのように見えたそうですが、これは蓼科高原へ仕事場を移してからも全く変わりませんでした。

しかし、この一見無駄とも思える時間こそ極めて重要であったことは、生み出された傑作の数々をみれば明らかでしょう。これこそ、リモートワーク(ワーケーション?)の成功事例と言って差し支えないのではないでしょうか。小津監督は、遠い昔にリモートワーカーの本来あるべき姿を我々に示してくれました。つまり、その過程はどうであれ、結果を出すことこそが最も重視すべき点なのです。
1941年(昭和16年)頃、小津安二郎、池田忠雄(茅ヶ崎海岸にて)

sight-and-art.org

動画について

①ブルー・インパルス ②オーバー・ザ・ギャラクシー ③オンリー・ワン・アース ④輝く銀嶺 ⑤東京物語(吹奏楽アレンジ) ⑥彼岸花(吹奏楽アレンジ) ⑦秋刀魚の味(吹奏楽アレンジ)

Translate

category

ページ上部へ戻る
Translate »