『東京物語』のロケ地周辺を探索

つい先日の事、野暮用で鶯谷方面を訪れた際、意外に早く用事が済んでしまったので、前々から気になっていた『東京物語』のロケ地周辺を探索してみることにしました。最初に向かった先は両大師橋です。

鶯谷駅南口から、寛永寺第一霊園横の緩い坂道を上りきると、突き当って右手が上野公園です。公園内を通って国立博物館、レストランゆりの木を過ぎると、左側に寛永寺開山堂両大師堂が見えてきます。ここの旧本坊表門から、両大師橋をゆっくりと歩く笠智衆と東山千栄子が、上野の街を見下ろすシーンはとても印象的でした。

周吉「なぁおい、広いもんじゃなあ、東京わぁ」
とみ「そうですなぁ。うっかりこんなとこではぐれでもしたら、一生涯探しても会わりゃしやせんよ」
周吉「うーん」

ここで使われた音楽は、老夫婦の侘しい心情を映し出すような美しくも切ないものでした。二人は、上野公園から両大師橋を渡って代書屋を営む服部（十朱久雄）宅へと向かいますが、途中でとみ（東山千栄子）は紀子（原節子）のアパートを訪ねるために別行動となります。

上野駅入谷口方面にあると思われる服部宅を訪問したあと、東野英治郎演じる沼田と合流し、三人は上野界隈の居酒屋へ向かいます。軍艦マーチと一緒に電車の通過音が間近に聞こえるので、上野駅から御徒町駅へ続く線路わきに位置する飲み屋に入ったようです。再会を祝した三人は、そのあと沼田が贔屓にしている上野広小路辺りにあるおでん屋「お加代」へと場所を移し、さらに飲み続けるのでした。

加代「ちょいと！もう十二時よ！」
沼田「十二時が何じゃ」
加代「いい加減に帰ってよ、もう」
沼田「ハハハハ、お前はそんなとこがよう似とる。ほいじゃけ、わしゃ好きなんよ」
加代「どうすンのよ、こっちの人」
沼田「ああ、ほっとけほっとけ！今晩は徹底的に呑むんじゃ。ねえ、君、愉快じゃのう」
周吉「ウーイ、ああ、愉快愉快」
沼田「愉快やのう」

ここでのやり取りは、何度観ても味わい深いものがあります。この様子では、12時以降もしばらく加代（桜むつ子）の店へ居座ったと思われますが、酔いつぶれた服部を家まで送り届けたあと、周吉と沼田の二人はどうやって志げ（杉村春子）の美容室までたどり着いたのでしょうか？

うらら美容室の所在地に関する情報はほぼ無いため、単なる推測になりますが、上野方面から泥酔した老人が歩いても帰れる距離であり、庫造（中村伸郎）と志げの会話から浅草の近くらしいということが想像できます。

大まかな位置としては、上野駅、御徒町駅、蔵前駅、浅草駅の四点で囲まれる長方形の中の、やや浅草寄りのどこかではないかと思いますが、確たる根拠はありません。

では、平山医院の場所についてはどうでしょうか？
こちらは堀切駅、荒川土手、鉄橋が有力な手掛かりとなります。

地図で調べてみると堀切駅、荒川土手、鉄橋の条件から、堀切橋と京成本線の鉄橋が見える荒川土手付近が第一候補に挙がりました。

しかし、映像には鉄橋の手前をクルマが通る橋は無いし、鉄橋の形状もだいぶ違います。残念ながら、ここではなさそうです。

荒川土手を北千住方面へ向かっていくと、東武スカイツリーラインとつくばエクスプレス、常磐線、東京メトロ千代田線の鉄橋が見えてきますが、こちらはどうでしょうか？

常磐線の鉄橋が、映像の中で勇の背後に見える鉄橋の形状とよく似ています。どうやら、映像に使われた鉄橋は常磐線に間違いないようですが、ちょっと気になる点があります。

映像に映る土手と鉄橋の位置関係が、上の写真では土手と鉄橋の間に広場があってだいぶ離れており、少し違うような気がします。しかし、荒川の向こう岸を見ると、あちら側にも同じく土手があることが分かります。

荒川を越えて小菅駅方面の土手から常磐線の鉄橋を眺めると、映像と同じ位置関係になりそうです。撮影は小菅駅側の土手から、背後に常磐線の鉄橋が見える位置で行われたと考えるのが妥当ではないでしょうか。

念のために、北千住と南千住間にある隅田川に架かる鉄橋も見てみましたが、こちらも明らかに形状が違うようなので、平山医院から土手を眺めるシーンは、小菅駅側から常磐線の鉄橋が見える辺りで撮影したに違いない…と無理やり結論付けました（苦笑）。

結構長い距離を歩いたので疲れましたが、小津組のロケハンはほとんどクルマを使用せず、電車と徒歩で行われていたそうです。さんざん歩いた後に飲むお酒は、また格別な味だったのではないでしょうか。本日のロケ地探索は、この辺で終了とさせていただきます。私も家に帰って一杯飲もうと思います（笑）。