山田五十鈴と「サセレシア」
「サセレシア」が初めて登場したのは『早春』でしたが、ここでは悲し気なシーンに敢えて明るい曲を流すという「対位法」的な使われ方がされました。一方、『東京暮色』の「サセレシア」と『浮草』以降に登場する「ポルカ」は、登場人物のライトモチーフとして用いられ、場面に独特の味わいを醸し出しています。
Wikipediaによると“ライトモチーフとは、オペラや交響詩などの楽曲中において特定の人物や状況などと結びつけられ、繰り返し使われる短い主題や動機を指す。単純な繰り返しではなく、和声変化や対旋律として加えられるなど変奏・展開されることによって、登場人物の行為や感情、状況の変化などを端的に、あるいは象徴的に示唆するとともに、楽曲に音楽的な統一をもたらしている。”とのことです。
『東京暮色』の中では、山田五十鈴のライトモチーフとして「サセレシア」が使われているように思います。山田は奔放で自分勝手ですが、どこか憎めない母親役を演じており、彼女の生き様を象徴的に示唆する楽曲として、「サセレシア」が採用された可能性が考えられます。
小津監督が、初めてライトモチーフに言及したのは『浮草』の時でした。もちろん、ライトモチーフという言葉を使ったわけではありませんが、父(斎藤高順)は物語に寄り添う鄙びた民謡風の音楽を予定していたところ、小津監督から駒十郎の人物像を象徴するような明るくリズミカルな音楽を要求されたそうです。
『スターウォーズ』におけるダースベイダーのテーマ、『ドラえもん』ならばジャイアンのテーマ、『アンパンマン』ではバイキンマンのテーマなどが分かりやすい例ですが、小津監督は登場人物に特有のテーマ音楽として、サセレシアやポルカを採用したのではないでしょうか。
『浮草』の駒十郎も自由奔放で我儘な人物として描かれていますが、やはりどこか憎めない人情味ある人間像が垣間見えており、それをポルカがより一層際立たせているようです。
『東京暮色』のサセレシアと『浮草』のポルカは、明らかに登場人物を象徴するライトモチーフであり、その後の『秋日和』や『秋刀魚の味』にもポルカが使われますが、やはり登場人物のライトモチーフとして用いられているように思います。
小津監督の音楽に対する考え方は、それまでの映画音楽の概念を覆すような革新的な試みであったと言えるのではないでしょうか。それでは、サイトウ・メモリアルアンサンブルの演奏による「サセレシア」をお聴きください。