『浮草』小津調ポルカの誕生
『浮草』主題曲・ポルカ(昭和34年度大映作品より)
この「主題曲」ははじめ民謡風のひなびた曲を用いる予定になっていたところ、小津監督の希望で、劇の内容にとらわれない品の良い曲を、ということで作られたものです。従って映画では、タイトルとエンドにだけ使われておりますが、弦の美しい調べは、映画の格調の高さを暗示させます。
続いての曲は「ポルカ」に変わります。実はこれがこの映画のテーマ音楽というべきもので、冒頭旅役者の群をのせた連絡船が入るシーンに使用されたほか、中村鴈治郎の扮する主人公の現れるところでは必ずといって良いほどこの「ポルカ」が入っております。曲はアコーディオンとバイオリンが主に旋律を奏し、ところどころピッコロやマリンバが表面に現われる程度の単純なものですが、小津監督は大変喜ばれて、これ以後の映画には必ずと言って良いほど色々な「ポルカ」が作られております。
(解説:斎藤高順)
“この「主題曲」ははじめ民謡風のひなびた曲を用いる予定になっていたところ、小津監督の希望で、劇の内容にとらわれない品の良い曲を、ということで作られたものです。”
以前から、この部分が気になっていました。ここからは、私の推測が含まれていますので、どうぞご了承ください。
前作『お早よう』で、はじめて音楽に黛敏郎さんを起用した小津監督は、音楽を大胆に変えたことで映像が随分違って見えることに当然気付いたはずです。そこで、父高順は『浮草』では、これまでの作品とは大きくテイストの異なる音楽を付けてみようと試みたのです。
ロケハンに帯同した父は、三重県志摩市大王町に古くから伝わる民謡などを調査し、それらを参考にして「波切盆踊り」と「大王音頭」という曲を書きました。
「波切盆踊り」「大王音頭」ともに劇中には登場しませんので、不採用になったと考えられます。また、『浮草』の予告編に使われている音楽が、本編の音楽とは随分雰囲気が違っていることも注目すべき点です。
父は、これまでとは大きく異なる種類の音楽を用意しましたが、残念ながら小津監督からNGが出されたため、全面的に書き直しになった可能性があります。小津監督の希望で、あまり物語には寄り添わず、駒十郎の人間性を表すような、いわゆるライトモチーフ(温かみがあるけれど、どこか侘しさを感じさせる駒十郎のテーマ音楽)として、「小津調ポルカ」が誕生したのではないでしょうか。
小津監督は、チェコの流行歌「ビア樽ポルカ」が気に入っており、『風の中の牝鶏』と『宗方姉妹』の劇中に使用しました。父は「ビア樽ポルカ」を参考にして、“アコーディオンとバイオリンが主に旋律を奏し、ところどころピッコロやマリンバが表面に現われる程度の単純なもの…”と解説にある通り、シンプルですが哀愁漂うポルカ調の音楽を作曲しました。
これが「小津調ポルカ」と呼ばれ、以降「秋日和のポルカ」「秋刀魚の味のポルカ」へと続き、後期の小津映画を象徴する音楽となったのです。こうして「小津調ポルカ」は、小津映画を支える絶妙な隠し味として、作品の魅力を一層高める効果を発揮しました。