『東京物語』新発見
来年(2023年)は小津安二郎生誕120周年、『東京物語』公開から70年目に当たります。父高順が小津監督から初めて『東京物語』の台本を渡された時、その時点ですでに音楽の入る場所や使いたい曲名などが記入されていたそうです。
小津監督は、しばしば劇中で既成の音楽を使用する傾向がありましたが、台本には書かれていない曲が登場する場合もありました。例えば、實(村瀬襌)が口笛を吹きながら2階にいる祖父母(笠智衆、東山千栄子)を呼びに行くシーンでは、口笛のメロディに「駅馬車」のテーマが使われていたり、アメ横付近と思しき大衆酒場のシーンで、服部(十朱久雄)が店員を呼びに行くときに「ヤットン節」の一節を口ずさんだりしますが、これらは小津監督から俳優に指示が与えられたと考えて間違いないでしょう。
熱海へやってきた周吉ととみが、夜になって寝床で横になるシーンでは、外から流しが奏でる「湯の町エレジー」と「煌めく星座」が聴こえてきます。また、周吉と沼田(東野英治郎)、服部の三人が大衆酒場で酒を酌み交わすシーンのバックには「軍艦マーチ」が流れます。これらは、あらかじめ台本に曲の指定があった箇所です。
物語の終盤で、京子(香川京子)が東京へ帰る紀子(原節子)の乗る列車を教室の窓から眺めるシーンのバックには、ひばり児童合唱団の歌による「主は冷たい土の中に」が流れますが、ここではフォスターの曲という指定があっただけで、この選曲は父が決めたそうです。
実は、台本に「ポルカ ビアバレル」と書かれている箇所がありますが、「ポルカ ビアバレル」とは「ビア樽ポルカ」のことで、小津監督はチェコの流行歌「ビア樽ポルカ」という曲が大変気に入っており、過去に『風の中の牝鶏』と『宗方姉妹』の劇中で使用したことがありました。
ビア樽ポルカ
小津監督は、『東京物語』でも「ビア樽ポルカ」を使うつもりでしたが、どこかの時点で違う曲に変わったようです。これまで、ここで使われているマンボ風?の音楽は父のオリジナルとばかり思っていましたが、つい最近になって既成の曲であることが分かりました。それは、美空ひばりが歌う「春のサンバ」という曲でした。
熱海の海岸~旅館の一室
「春のサンバ」は、『東京物語』が公開される半年ほど前に公開された『姉妹(きょうだい)』という映画のために書かれた曲で、美空ひばりは映画の主役も演じています。この曲を父が採用するはずはないので、これも小津監督の指示で「ビア樽ポルカ」から置き換わったものと考えられます。
春のサンバ