「天気のいい音楽」と「空気のような音楽」
山田洋次監督は、敬愛する小津安二郎監督の名作「東京物語」へのオマージュを込めて「東京家族」を製作しました。
「東京家族」は2013年1月に公開されましたが、2013年という年は山田監督自身の監督生活50周年目であり、小津監督没後50年目にあたる年でもあります。
山田監督は、この記念すべき映画の音楽を久石譲に依頼しました。
久石といえば、宮崎駿監督や北野武監督の作品をはじめ、数多くの映画音楽を手がけてきた第一人者です。
久石にはドラマチックでメロディアスな楽曲を聴かせる音楽家という印象がありますが、そんな久石に対して山田監督は「空気のような音楽をお願いします。」とリクエストしたといいます。
これは、かつて小津安二郎が斎藤高順に「天気のいい音楽」を求めたことへのひとつのチャレンジではなかったでしょうか。
山田監督は、「キャメラがいい、音楽がいい、演出がいいというだけでは「東京物語」のような名作にはならない。それらが全体でアンサンブルを奏で、観客にイマジネーションを抱かせないといけない。そういう意味では演技も演出も、そして音楽も空気のようなものでないといけない。」と持論を述べたそうです。
久石は山田監督の考えに深く共鳴し、久石自身の思いを次のように語りました。
「映画や音楽を単なる情報として捉えてしまうと、情報を得ることで物事が分かったような勘違いをしてしまう。この情報という考え方が映画の世界を貧しくし、全てのショットが情感や香りを持っていないといけないのに、最近の安っぽいドラマは情報だけで成り立っている。ただ画面をなぞっているだけの音楽が多すぎるし、特にハリウッド映画などは効果音の延長でしかなく、観客を愚弄しているのかとさえ思ってしまう。」と映画音楽の現状に批判的な言葉を並べました。
また、山田監督はかつて黒澤明監督がジョージ・ルーカスに招待され、「スターウォーズ」を鑑賞したときのエピソードを披露しました。
ルーカスに意見を求められた黒澤監督は、強い口調で『音楽が多すぎる!』と言ったらしいのですが、それを聞いたルーカスはすっかり意気消沈してしまい目に涙を浮かべたそうです。
「スターウォーズ」の音楽といえば、言うまでもなくアメリカを代表する巨匠ジョン・ウィリアムズの傑作です。
それにダメ出しをしてしまう黒澤監督にも驚かされますが、小津監督と共に日本映画の黄金期を築いた名監督同士ですから、映画音楽に対する認識にも何か相通じるものがあったのかも知れません。
かつて小津安二郎と斎藤高順との間で交わされたような対話が、60年後に山田洋次と久石譲との間でも行なわれていたことは大変興味深いことです。
「東京物語」の「天気のいい音楽」が、60年の歳月を経て「東京家族」では「空気のような音楽」として観客を魅了することになったのです。
「東京家族」の音楽は、久石らしさを随所に感じさせながらも、山田監督が求めた「空気のような音楽」を見事に表現していたのではないでしょうか。
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