お葬式と「お天気のいい音楽」


『早春』の中で、三浦(増田順二)の葬式に杉山(池部良)が弔問に訪れるシーンがありますが、ここに音楽を付けることになった父高順は、場面に相応しい物悲しげな音楽を書くつもりでした。ところが小津監督から、楽しげな音楽がどこからともなく聞こえてくるような設定にしたい、と希望され大いに戸惑ったそうです。

本当に大丈夫なのだろうか…と半信半疑のまま、父は葬式のシーンに「サセレシア」を流すことにしました。しかし、およそ半世紀後に自分自身の葬式で、まさか「サセレシア」が流れることになるとは夢にも思わなかったことでしょう。

父の告別式が行われた2004年4月15日は、朝から爽やかな陽春の好天に恵まれ、澄み渡る青空が目に鮮やかだったことをよく覚えています。葬儀場でBGMを流すように指示したのは、確か弟の潔だったと思いますが、なぜ「小津安二郎映画音楽集」を選んだのかはハッキリしません。告別式の間中「小津安二郎映画音楽集」が小さなボリュームで繰り返し流れていたので、列席者は「サセレシア」や「ポルカ」を何度も耳にすることとなりました。

「いくら、画面に悲しい気持ちの登場人物が現れていても、その時、空は青空で陽が燦々と照り輝いていることもあるでしょう。これと同じで、ぼくの映画のための音楽は、何が起ころうといつもお天気のいい音楽であって欲しいのです。」

父の葬式へ弔問に訪れた人たちは、奇しくも小津監督が仰った「お天気のいい音楽」を体験することになったのです。

告別式の厳粛な空気の中、明るく楽しいだけではない穏やかでノスタルジックな小津調サウンドの調べが、別れの悲しみを優しく包み込むかのような和らいだ気持ちへと誘ってくれたようでした。

昨年(2021年8月15日)、96歳でお亡くなりになった小津組の盟友山内静夫さんも父の葬儀に参列して下さいました。山内さんは、両親の結婚式(昭和30年)にも小津監督とご一緒に出席されており、父とは監督が亡くなって以降も長い間親交を重ねてきました。山内さんも、父の葬式で「お天気のいい音楽」を身をもって体験されたお一人だったのです。

三浦の葬式シーンにはどこか違和感を感じましたが、父の葬式では「お天気のいい音楽」はその役割を十二分に全うしたのではないでしょうか。『麦秋』で離れ離れになっていく家族へ、間宮周吉(菅井一郎)は「いやア、わかれわかれになるけどまたいつか一緒になるさ。」(中略)「ああ、ほんとに気をつけておくれよ…大事にな…そうすりゃ、またみんな会えるさ」と告げて大和へ去っていきます。

小津監督は『麦秋』について、「これはストーリーそのものより、もっと深い《輪廻》というか《無常》というか、そういうものを描きたいと思った。」と述べています。また「私の映画は、物のあはれということだ。」とも仰いましたが、その作品の多くは家族の別れが主要なテーマとして描かれていたことに改めて思い至りました。

『早春』では三浦との死別、『東京暮色』では明子(有馬稲子)の死、喜久子(山田五十鈴)との別離が描かれ、そこには「サセレシア」が静かに流れました。小津監督が仰った「お天気のいい音楽」とは大切な人との別れ、またはその予兆が訪れたときに、どこからか聞こえてくる音楽…というイメージだったのかも知れません。

少なくとも私にとっては、父の葬式の最中に聞こえてきた音楽こそ、まぎれもなく「お天気のいい音楽」そのものでした。

動画について

①ブルー・インパルス ②オーバー・ザ・ギャラクシー ③オンリー・ワン・アース ④輝く銀嶺 ⑤東京物語(吹奏楽アレンジ) ⑥彼岸花(吹奏楽アレンジ) ⑦秋刀魚の味(吹奏楽アレンジ)

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