「過去からのメッセージ」コンサート
2022年12月23日(金)、武蔵野音楽大学江古田キャンパス内ベートーヴェンホールに於いて、第2回「過去からのメッセージ」コンサートが開催されました。当コンサートは、一般社団法人日本クラリネット協会主催によるもので、昭和初期に邦人作曲家が遺したクラリネット作品ばかりを集めて紹介するユニークな催しです。
今回のプログラムは、大澤嘉人作曲「木管三重奏曲」(1935年)、別宮貞雄作曲「木管三重奏曲」(1953年)、清瀬保二作曲「木管三重奏曲」(1938年)、下總皖一作曲「フリュート、クラリネット、ファゴットのための小舞曲」(作曲年不明)「三つのクラリネットと一つのバスクラリネットのための組曲『逝く春』」(1941年)、斎藤高順作曲「クラリネット四重奏曲」(1953年)、平井康三郎作曲「クラリネットと弦楽のための牧歌」(1943年)、安部幸明作曲「クラリネット五重奏曲」(1943年)の8作品でした。
父高順が作曲した「クラリネット四重奏曲」、副題「クラリネット、ヴァイオリン、ヴィオラ、チェロに依る『四季』」は、私が斎藤家に保管されている自筆譜の中から提供したものです。「クラリネット四重奏曲」は、奇しくも『東京物語』と同じ昭和28年に作曲された作品で、JASRAC未登録で楽譜出版もされていない忘れ去られた楽曲でした。もちろん一度も聴いたことはありませんし、果たしてどのような曲なのか見当も付きません。
父の昭和27、8年頃の作品には室内楽、歌曲、ピアノ曲がわずかに遺されており、その頃は主にNHKラジオの音楽を書いていた時期で、横浜にある精華小学校の代用教員や進駐軍向けにディナーアンサンブルでピアノ伴奏などを行っていた頃でもありました。
コンサートの直前に、弟の潔(オーボエ奏者)宛に「クラリネット四重奏曲」を演奏する磯部周平氏から曲に関するメールが届きました。一部を抜粋して以下に転載します。
やはりワグナーのトリスタン和声的な半音進行、もしかしたらもっと新しいスクリヤビンかもしれません、模倣では全くなく消化した上で昇華された、あの時代にヨーロッパの音楽を自分のものになさっている凄さ、そしておそらくはその上を行く、より新しい音楽を求めるエネルギーを感じます。
四つの楽章に半音転調があり、再現部では半音上または下で再現される工夫、おそらくは当時の日本では理解できる人は少なかったと思いますが、無調や転調に慣れた現在の人々には超ロマンティックな音楽として響くと思います。第四楽章では遠くにラヴェルやヒンデミットやプロコフィエフなどの体験も感じられます。もちろん模倣ではなく、それより深いところです。
全ての楽章が統一motifで出来ていてとてもチャレンジングなある意味で先端を行く音楽と感じました。音楽史的にもシェーンベルクの12音技法が世界に流行り出す直前、実は1950年過ぎから1970年位にいわゆる現代音楽的なものが流行った…という認識が改めて高順先生の曲から教えられました。
そして、コンサート当日初めて耳にする「クラリネット四重奏曲」は、私の想像を遥かに超える素晴らしい作品でした。また、アルバム「日本のシネマ ~映画音楽作曲家のピアノ曲~」をリリースしたピアニストの花岡千春氏は、父の作品を次のように述べていました。
ひとは斎藤を非常に穏当な作曲家と捉えているかもしれない。しかし実は、このアルバムに収めた二つの曲集に聴くことができるように、かなり実験的な作品も書いている。あるいは自衛隊音楽隊のコンポーザー(隊長でもあった)としての、ブラス作品の数々に接すると、ある意味では幾つもの顔を持っていた音楽家であることがわかる。
プロムナードが、プーランクの同名の曲集に触発されているだろうことは、第一曲を聴けば明白である。ノンシャランで、少々皮肉っぽいこの複調の作品は、プーランクの同集の第一曲目とピタリと重なる。
3曲目のみ、すこしルーセル風と言えるかもしれないが、ぴりっとしたセンスの中に和風の拝情も見事にはめ込まれている。私たちが映画音楽で知っている斎藤の顔は、むしろこどものためのピアノアルバムで露わになる、すみれに寄せた1曲目には彼の旋律の特徴というか、クセのようなものが聴き取れる。
小津映画音楽や吹奏楽曲などで慣れ親しんできた斎藤高順作品は、作曲家としてのごく一側面に過ぎなかったのかも知れません。「クラリネット四重奏曲」の生演奏を聴いて、斎藤高順生誕100周年(2024年)へ向け、埋もれてしまった過去の作品を復刻し、多くの人に聴いていただく機会を設けたいと強く思いました。
「過去からのメッセージ」フライヤー(PDF)