浮草物語×浮草【小津サイレント×斎藤高順】『浮草物語』公開90周年記念企画
『浮草物語』…1934年(昭和9年)
小津作品にはサイレントからトーキーへの移行期に、サウンド版という音楽の付いた作品がありました。記録によると、『また逢ふ日まで』…1932年(昭和7年)、『東京の女』…1933年(昭和8年)、『浮草物語』…1934年(昭和9年)、『箱入娘』…1935年(昭和10年)、『東京の宿』…1935年(昭和10年)、『大学よいとこ』…1936年(昭和11年)の6作品がサウンド版だったようです。
しかし、現存するフィルムに音楽が付いている作品は『東京の宿』のみで、『東京の女』『浮草物語』は映像しか残っておらず音楽が含まれていません。『また逢ふ日まで』『箱入娘』『大学よいとこ』に至ってはフィルム自体が存在せず、残念ながら確認する術がありません。
サウンド版として唯一現存する『東京の宿』の音楽は、トーキー以降に小津監督が求めた「お天気のいい音楽」とは正反対に、暗く侘しい映像に合わせて、物悲しい音楽が全編を通して付けられています。
また、小津監督が遺した全54作品のうち、キネマ旬報第1位に輝いた作品は『生れてはみたけれど』…1932年(昭和7年)、『出来ごころ』…1933年(昭和8年)、『浮草物語』…1934年(昭和9年)、『戸田家の兄妹』…1941年(昭和16年)、『晩春』…1949年(昭和24年)、『麦秋』…1951年(昭和26年)の6作品でした。『浮草物語』は、キネマ旬報第1位に輝いた唯一のサウンド版作品ということになります。
このような背景もあって、小津映画愛好家たちの間では『浮草物語』には一体どのような音楽が付けられていたのかが大きな関心事となっています。
そこで、気になってくるのが『浮草物語』をリメイクした『浮草』…1959年(昭和34年)の存在です。『浮草』は120分ほどあって『浮草物語』よりも30分くらい長く、『浮草物語』にはなかったシーンがいくつか含まれていますが、ストーリーはほぼ同じと言ってよいでしょう。
『浮草』の劇中音楽は以下の通りです。
01_主題曲(オープニング)
02_連絡船が港に到着するシーン、ポルカ
03_「よさこい節」(チンドン屋風)、村にビラを撒くシーン
04_ビラ撒きが済んで、芝居小屋の楽屋へ入る、小屋主が来て全員揃う、ポルカ
05_駒十郎が近所に挨拶回りと言って村へ出ていく、お芳の店へ行く、ポルカ
06_場面転換、夜の公演、受付、ポルカ
07_公演が終わって楽屋のシーン、ポルカ
08_場面転換、村の風景
09_床屋のシーンから海へ、親子で海釣り、父子の会話
10_場面転換、楽屋から甘いもの屋のシーンへ、すみ子がお芳のことを聞き出す
11_「南国土佐を後にして」舞台のシーン、加代と子供の踊り
12_主題曲を用いた場面転換、加代が清の郵便局に訪れるシーン
13_夜、清は部屋で鏡を見たりして加代へ会いに行くか迷っている
14_お芳の店、清が小屋の前に加代へ会いに行く、祭囃子が聞こえる
15_海辺で戯れる劇団員たち、スローなポルカがのんびり流れる
16_場面転換、お芳の家から小屋へ戻る駒十郎、途中で清と加代を見かける
17_おかつの店でくさる劇団員、遠くに祭囃子が聞こえる
18_場面転換、劇団解散のシーンへ、ポルカ
19_お芳の家で清の帰りを待つ駒十郎、清が戻り父子の諍い、遠くに祭囃子が聞こえる
20_家族を置いて一人旅立つ駒十郎、夜の駅へやってくる
21_走り去る夜行列車、主題曲が流れる(エンディング)
劇中音楽は、大きく分けて《テーマ》《ポルカ》《環境音》《ブリッジ》に分類することができます。細かく見ていくと、12は《テーマ》+《ブリッジ》、06・18は《ポルカ》+《ブリッジ》、09・13・15・16・20はBGMに分類すべきなのかも知れません。
《テーマ》
《ポルカ》
《環境音》
《ブリッジ》
もしも、『浮草物語』に『浮草』の劇中音楽を付けるとすると、上記01~21の音楽は『浮草物語』の中にほぼ当てはまるシーンがありますが、「15_海辺で戯れる劇団員たち、スローなポルカがのんびり流れる」は『浮草』にしか存在しないシーンなので、別なシーンで使うかカットしても良いかも知れません。
また、「南国土佐を後にして」…1953年(昭和28年)は『浮草物語』よりも新しい時代の曲なので、代わりに「東京ラプソディ」…1936年(昭和11年)、「別れのブルース」…1937年(昭和12年)、「旅の夜風」…1938年(昭和13年)あたりに入れ替えると良い感じになると思います。
『浮草物語』には喜劇的な要素はほとんどなく、特に家族のもとを離れ、喜八が再び旅立つラストシーンは感動的で、このシーンに16・20あたりの音楽が流れれば、より一層心を打つ作品となるでしょう。