小津さんと呑む
当たり前ですが、小津さんはすでに50年以上も前に亡くなっているので、現実的に小津さんと呑むなどということは有り得ないことです。
しかし、先日不可思議な体験をしました。
久しぶりに好天に恵まれた週末のこと、朝から外出したい気分でした。
天気も良いし、何となく海の方へ行ってみたい衝動に駆られました。
自然に足が横浜方面へと向かいましたが、横浜よりは江ノ島か鎌倉の方が良いかな…などと特に計画性もなく湘南方面へと移動したのです。
途中で目的地は鎌倉に決まりましたが、さて鎌倉に行って何をしようかな…とボンヤリ考えていました。
鎌倉へは1時間ほどで行ける距離なのですが、敢えて行こうとも思わなかったし、特に用もなかったのでかれこれ何年も鎌倉を訪れることはありませんでした。
午前中に鎌倉駅へ到着しましたが、自分は一体どこへ行こうとしているんだろう?…と自分でもよく分かりませんでした。
何となく小町通りを散策し、鶴岡八幡宮へ向かいました。
八幡宮の広大な敷地内をウロウロしていると、気分がリフレッシュされとても穏やかな心持ちになりました。
少しお腹も空いてきたので、若宮大路へ出て蕎麦屋でも探そうかなと辺りをキョロキョロしていた時です。
川喜多映画記念館の看板が目に飛び込んできました。
その時でした。
小津さんだ!小津さんに呼ばれたんだ!という感覚が脳裏に閃いたのです。
そうだ、小津さんのお墓参りに行ってみよう。
ところで、小津さんのお墓ってどこだっけ?
確か円覚寺だったような…。
それから、円覚寺方面へと歩き出しましたが、途中で手ブラでお墓参りはまずくないか?…と思い直しましたが、小津さんの墓前に花を手向けるのも普通過ぎるかな?…などとモヤモヤしていると、またも何かが閃きました。
お酒だ!日本酒が良い!
小津さんが日本酒を買ってこいと言っている!
いや待てよ、一緒に呑もうと言って下さっている!
と勝手に脳内で小津さんと会話しているような感覚でした。
驚いたことに、足は21号線沿いに円覚寺方面へと向かうのですが、「そっちに行っても酒屋はないから、一度小町通りに戻って酒屋で日本酒を買ってきなさい。」と小津さんが脳内から語りかけてくるのです。
ええっ?!
さっき小町通りを散策したときに酒屋は見かけなかったけれど、と思いながらも引き返し、もう一度小町通りを見て歩きました。
すると、先程は気づきませんでしたが、確かに目立たないところに酒屋が一軒あるではないですか。
そこで、地元産の日本酒と自分用に缶ビールを買って、北鎌倉へと移動しました。
円覚寺は北鎌倉駅のすぐ近くにあります。
入口で小津さんのお墓の場所を尋ね、遂に小津さんが待つ地へと辿り着きました。
小津さんの墓前に日本酒をお供えして、静かに合掌瞑目しました。
そして、深々と頭を下げながら勝手に小津さんのことを書かせてもらっている非礼を詫び、生前父が大変お世話になりましたと感謝の言葉を述べ、缶ビールで献杯させていただきました。
しかし驚かされたのは、すでに墓石の周りにはズラッと色々な種類のお酒が並んでいたことでした。
どうやら、小津さんに命じられてお酒をお供えした人が、私以外にも沢山いたようです。
小津さんのパワー恐るべしです!
没してなお強烈なエネルギーを発散し続ける小津さんの魂に寄り添い、共にお酒を呑むことができたのはこの上ない幸せでした。
確かに小津さんの存在を近くに感じることができた、実に不可思議な体験でした。